カテゴリー別アーカイブ: イベントレポート

12/17(木)神楽ふれあい体験会を開催しました!

2015年12月17日(木)皆生温泉東光園にて、今年最後の神楽ふれあい体験会が行われました。

無料で神楽を体験

神楽ふれあい体験会は、鳥取荒神神楽研究会が毎月第三木曜日に開催しているもので、今回で12回目となります。

神楽を知らない人に、神楽を体験する機会を作ろうと企画したもので、どなたでも無料で参加できます。

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東光園1階ロビーに受付を作り、オリジナルグッズ等の販売も行いました。

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これらのアイテムはネット販売もしています。

事代主命と大国主命の神楽

神楽体験会では、10分ほどの短時間にまとめた神楽を体験していただけます。

中国山地に伝わる荒神神楽、岡山県備中地方に伝わる備中神楽は、数百年の長きに渡って伝承されていて、神事舞があり、神話劇である神能があり、託宣なども行われる6時間から12時間以上も舞われる素晴らしいものです。

その神能の「国譲り」は、大国主命が天孫に国を譲る話なのですが、その中から大国主命と事代主命の場面を抜き取って、さらにそれを短縮して、短時間でわかりやすい神楽として行います。

神楽をまったく知らない人に、神楽にふれてもらう機会を作る活動です。

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大国主命の御子神である事代主命は、七福神では恵比寿様とされるありがたい神様です。

その事代主命が鯛を釣り上げる「めでたい」神楽です。

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大国主命は、福を打ち出す打出の小槌を持って優雅に舞い、集まる人々のために福の種として、お菓子などをまきます。

ありがたい神様が福をまく、そしてそれを授かるという体験は、かけがえのないものであり、体験会に来られたみなさんもとても喜んでいました。

2015年の体験会はこの日で終了しましたが、2016年も続けて開催しますので、みなさま是非おこしください!

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鳥居龍蔵博士がアジア屈指の巨石遺構と発表した天宮さんをプレ調査しました!

2015年11月28日(土)鳥取県西伯郡南部町御内谷(みうちだに)の天宮(てんぐう)さんにて、全国イワクラ学会や地元住民などによる簡易調査が行われました。

巨石遺構群「天宮さん」

天宮さんは、大蔵山中腹の東側の斜面にある巨大な岩で、いくつかの大きな岩が組み合わさったものです。

金田熊野神社の奥宮の磐座(いわくら)として崇敬されており、現在も熊野神社宮司により祭祀が行われています。

この天宮さんを中心として、そのまわりに奇岩や巨岩が多く、明治期にこの地を訪れた人類学者の鳥居龍蔵博士は、この一帯がアジア屈指の巨石遺構であると新聞発表し、大正期から昭和のはじめ頃まで、多くの人が訪れました。

しかし、第二次世界大戦によって訪れる人が減り、今ではほとんど訪れる人はいません。

鳥取荒神神楽研究会では、何度かこの天宮さんに行くイベントを開催していて、そちらで詳しく紹介していますので、詳細は過去記事を参照してください。

全国イワクラ学会と地元住民による簡易調査

今回は、インターネットで天宮さんを知ったという全国イワクラ学会により、簡易調査を行うことになりました。

鳥取荒神神楽研究会は、コーディネーターとして、地元住民や地域振興協議会などを含めて、簡易調査に立会いました。

まずは熊野神社に参拝してから、天宮さんのある御内谷の公民館に集合しました。

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あいさつと自己紹介をして、資料が配られ、天宮さんに登るため移動しました。

天宮さんに登る

天宮さんは、わかりにくい場所にあります。

今回は地元のみなさんが一緒なので安心です。

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これは鳥居龍蔵博士が調査したときの調査隊のスケッチですが、今回はこういったものが現在も存在しているのかの確認を行います。

中央の「天宮神」というのが天宮さんです。

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落ち葉の積もる山道を登ります。

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15分ほど登ると東側の斜面に出るのですが、そこは霊峰伯耆大山に面しています。

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この日は雲で隠れていました。

下の写真は四月に登ったときのものですが、本来はこんな感じです。

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そして東側の斜面を登ります。

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約30分で天宮さんに着きます。

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巨大な岩が組み合わさって天宮さんになっています。

下のほうはかなり埋まってしまっています。

地元古老の話によると、昭和のはじめ頃までは、山も綺麗でもっとたくさんの石が見えたとのことです。

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徳林会長と比べると、その大きさがわかると思います。

この方向が霊峰伯耆大山のある東を指していて、後ろに向かって西へ行くと、島根県安来市伯太のイザナミ御陵伝承地である比婆山久米神社の方向になるようです。

直線に並ぶのは、なにか関係があるのかもしれません。

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イワクラ学会の方が五名で調査されましたが、天宮さん右側のこの三つの三角岩は、それぞれが夏至などの日の出の方向になっているとのことです。

近くにある岩と結ぶ線が、東西や南北のラインになったり、偶然というにはできすぎているような符号がたくさんあるとのことでした。

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右下から見上げた天宮さん。

また、天宮さんを中心として、山全体に天空の星を再現しているのではないかという推測もされました。

天宮さんはカレンダーの機能もあるのではないかということです。

また、天宮さんの上にある大岩から、天宮さんに向かって目が彫ってあるのではないかという指摘もありました。

およそ二時間調査をして下山しました。

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ふたたび公民館に集まり、調査結果の報告と意見交換会が行われました。

イワクラ学会副会長の柳原さんをはじめとしたみなさんが、それぞれの見解を発表しました。

天宮さんが人工物か自然のものかは判断ができないが、山全体にこれほどの規模で奇岩や巨岩があるのは、とても珍しいとのことでした。

イワクラ学会では、縄文時代から弥生時代のはじめ頃までをイワクラの時代と定義していて、天宮さんは大いに可能性があるとのことです。

まずは木を切ったり、崩れている土砂を取り除いて、山全体のどこにどんな岩があるのか図面に起こすことが必要だと提案されました。

また、鳥居龍蔵博士の調査資料の再確認、そして、周辺の縄文から弥生時代の遺跡などの分布を調べ、天宮さんとの関連を考察することも意味があるそうです。

そして、天宮さんなどと関連した祭りや祭祀が行われているのかどうか、過去の記録なども含めて調べてほしいとのことでした。

今回のプレ調査の結果、天宮さんの調査の必要性が高まったということで、来年の春に、さらに調査をする方向で進めていくことになりました。

地元の御内谷集落では、この調査結果を受けて、天宮さんをどのように位置づけていくのか、活用策なども含めて地元住民の意志を統一し、合意形成していくことになりました。

木の伐採などは専門家に委託しないと難しいですし、費用などの問題もありますが、天宮さんの価値が高まったことで、挑戦する意義も高まりました。

その後は、地元でそばを手打ちにしてみんなで食べました。

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 来年の春に調査します!

天宮さんについては、来年の春に調査を行います。

木を切ったり土を掘ったり草を刈ったり、さまざまな作業が必要になってきます。

 

その際は、みなさんよろしくお願いします!

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そして、天宮さんに行ってみたいという方は、あいみ富有の里地域振興協議会の中井さんに電話してみてください。

資料をもらえたり、案内してもらえるかもしれません!

 

大神山神社奥宮の注連縄張りが行われました

2015年11月14日(土)朝9時より、大神山神社奥宮にて注連縄の張替え作業が行われました。

崇敬者として声をかけていただいて、徳林会長や直也メンバー等が崇敬者のみなさまとともに参加させていただきました。

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大神山神社奥宮は、霊峰伯耆大山の中腹に鎮座まします伯耆二宮です。

春の例大祭や古式祭もひとり神事では、神楽も舞わせていただいています。

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【写真】古式祭もひとり神事での神楽の様子

神木の注連縄をなう予定が・・・

今回は神木の注連縄をなって、それを張る作業の予定でしたが、思ったよりも人数が多くなったということで、神社各所の注連縄の張替えと、境内の清掃を行うことになりました。

徳林会長は清掃班、直也メンバーは注連縄張替え作業班となりました。

落ち葉の片付けはエンドレス

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神木のまわりから清掃をはじめました。

国立公園である大山の中腹にある大神山神社奥宮は、巨木の生い茂る山中なので、落ち葉がすごいです。

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ご神木のある場所には、山王社があったそうです。

四時間の清掃作業で神社のまわりもきれいになりました。

注連縄の張替え

神社はもちろん、境内社や神門などの注連縄の張替えが行われました。

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直也メンバーも脚立に上ってがんばりました。

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大神山神社奥宮は、権現造りで左右に翼殿が張り出す独特の形です。

注連縄をなう

午後からはついに注連縄をなう作業です。

藁を叩いてやわらかくして、さらに一本一本外の皮を剥いて、藁をきれいに磨いていきます。

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宮司の指導のもと、注連縄をなう作業です。

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とてもうまくできました。

神木に注連縄を張る

予定時間を一時間ほどオーバーしましたが、立派な注連縄ができました。

それを神木に張ります。

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一年間もつようにしっかりと留めます。

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紙垂(しで)をとりつけます。

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紙垂(しで)とは、注連縄や玉串、御幣などにつけて垂らす特殊な折方をした紙です。

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神楽の岩戸の演目でも語られますが、古事記の天の岩戸神話で、天照大神に岩戸から出てきていただくために、岩戸の前で枝に下げた「白丹寸手(しらにきて)」「青丹寸手(あをにきて)」がはじまりとされています。

古くは木綿(ゆう)が用いられていましたが、現在では紙を用いるのが一般的です。

その形状は雷光・稲妻をイメージし、落雷があると稲が育ち豊作だということ、その威光で邪悪なものを追い払う意味があります。

注連縄に垂らす場合は、神域の印となります。

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できました!

みなさんも大神山神社奥宮にお参りください!

 

クラウドファンディング209%達成しました!

2015年9月17日より挑戦していたクラウドファンディングですが、50万円の目標に対して209%の104万8000円のご支援をいただくことができました。

⇒17日の挑戦の決意表明記事

支援していただいたみなさま、本当にありがとうございました。

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期限まで残り半月で40万足らずの66%だったときは、本当に達成できるのかどうか不安になりました。

しかし、みんなで協力してチラシを配ったり、イベントや会議などでPRさせていただきました。

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SNSでの投稿でも、うざいくらいのPRでしたが、本当に必死だったということでご容赦ください。

なにせ、目標達成できなかったら全額返金で、支援していただいた方々の気持ちが無になるのです。

そのプレッシャーはものすごかったです。

今回の挑戦は、とても勉強になりました。

クラウドファンディングは、上手に活用すれば、とてもよい手法だと思いました。

支援していただいたみなさま、協力していただいたみなさま、応援していただいたみなさま、本当にありがとうございました。

 

 

 

とっとりの元気づくり西部会議に参加しました

2015年10月14日(水)米子ワシントンホテルプラザ2階で行われた「とっとりの元気づくり西部会議」に、鳥取荒神神楽研究会として参加しました。

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この会議は、鳥取県元気づくり総本部元気づくり推進局と公益財団法人とっとり県民活動活性化センターが主催するもので、鳥取力実践団体や県内のNPO法人および地域づくり団体、鳥取県およびセンター職員など、およそ60名が参加しました。

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みんなで、とっとりの元気づくりを考えようと題したワークショップが行われ、活動団体によるPRおよび決意発表がありました。

わたしたち鳥取荒神神楽研究会は、このPRをさせてもらう二組のうちのひとつとして、参加されたみなさまの前でPRをさせていただきました。

クラウドファンディングに挑戦中ということもあり、それも含めてPRさせていただきました。

PRの全文

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みなさん、こんばんは!!

鳥取荒神神楽研究会会長の徳林亜美です!

本日は、こういったPRの場を設けていただいて、とても感謝しています。

5分ほどお話させていただきますので、よろしくお願いいたします。

私たちは神楽を広める事を目的として、平成23年に設立した神楽研究会です。

20代の若いメンバーを中心に活動しています。

平成25年には神楽団を創設し、短時間で分かりやすい10分の神楽を行っています。

こちらの大黒さんこと大国主命と、恵比寿さんこと事代主命が舞って福の種をまくという、めでたくありがたい演目です。

これは、鳥取県無形民俗文化財に指定されている、江府町下蚊屋の、荒神神楽保存会明神社さんに、直接指導して頂いたものです。

少人数で行うコンパクトな神楽なので、四畳くらいの狭いスペースでも出来る特徴があります。

また、小さなイベントの場合は、ステージや音響が無くても出来ます!

最少人数では、舞手と太鼓の二人で、22,000円から呼んでいただけます!!

小さなイベント、神社の祭り、敬老会や懇親会の余興、お店のオープン記念や結婚式の披露宴など、さまざまな場面で喜んでいただいています。

昨年は74回、今年はすでに80回以上も舞わせていただきました。

興味の沸いた方がおられましたら、会議終了後に話しかけていただければと思います。

さて、次に現在取り組んでいるクラウドファンディングへの挑戦について、お話させてください。

クラウドファンディングとは、活動や目的をインターネット上で告知し、賛同していただいた方から出資を募る、資金集めの手法です。

わたしたちは、先月17日よりFAAVO鳥取というクラウドファンディングサイトで、神楽道具の購入資金を支援してくださいという内容で支援者を募集しています。

10月31日までに50万円集めることを目標としていて、現在33万円で66%です。

集まらないと全額返金になるので、必死でがんばっています!

支援者には、金額に応じて、こういったTシャツなどのリターン品がございますので、どうかよろしくお願いします。

くわしくは、お手元の配布物の中に、チラシがあると思いますので、そのチラシのアドレスにアクセスして読んでみてください。

また、意味がわからないけど応援してやる、という方は、直接の寄付も受け付けていますので、会議終了後に話しかけていただければと思います。

それと、こういったフライヤーを2000部ほど作りました。

配ってやる、店舗などに置いてやるという方は、これも会議後に話しかけていただければと思います。

お願いばかりで恐縮ですが、わたしがかわいい、ということで、どうかご容赦ください!

最後に、本日の会議についてですが、こういった場を与えていただけるのは、わたしたちのような活動団体にとって、とてもありがたいことです。

今後も期待していますので、懲りずにまた呼んでいただければと思います。

みなさま、ご清聴ありがとうございました。


 

緊張しましたが、なんとかやりきることができました。

今後とも、こういった会議には参加していきたいと思います。

陸上自衛隊米子駐屯地創設65周年記念祭で神楽を舞いました!

2015年10月10日(土)に米子市両三柳の陸上自衛隊米子駐屯地にて、創設65周年記念祭が行われました。

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当日は快晴でした。

なんだか強そうな車が停まっています。

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バザーにはたくさんの人でした。

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チラシ配りをして活動のPRと、午後からの公演の告知をしました。

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司令官からは見物客は30人くらいだよと言われていたのですが、とてもそれどころではありませんでした。

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13福の種まきに殺到する人たち。

ものすごく熱狂的で、子ども達などは舞台に上がってきていました。

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司令官も一緒に福の種をまいてもらいました。

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たくさんの方に喜んでいただくことができました。

幡屋神社例大祭の佐世神楽を視察しました!

2015年10月10日(土)島根県雲南市大東町の幡屋神社で行われた例大祭に宮司よりご招待いただき、佐世神楽社中の神楽を視察させていただきました。

七座神事と神能

出雲神楽の素晴らしい舞を堪能させていただきました。

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かがり火が焚かれ、幻想的な雰囲気の中で、素晴らしい神楽が舞われました。

神能 茅の輪

茅の輪の演目は、全国の神社で行われる茅の輪神事のもとになった神話です。

暴風雨に襲われた素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、村の主に一夜の宿を求めました。主である巨旦将来(こたんしょうらい)は、大富豪でしたが一言で断りました。

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【写真】富豪の巨旦将来

次に宿を求めた相手の蘇民将来(そみんしょうらい)は、貧しい人でしたがあたたかくおもてなしになりました。

次の日の出立のとき、素戔嗚尊は蘇民将来に茅の輪を授け、家の間口に掲げれば、いかなる禍も必ず退散するであろうと告げました。

chinowa01【写真】茅の輪を授ける素戔嗚尊 撮影:河合勝齋

やがて、禍津日神(まがつひのかみ)という疫病神によって疫病が流行り、巨旦将来はこの疫病で滅びましたが、蘇民将来は茅の輪によってこれをのがれ、子孫末代まで栄えたという神楽です。

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【写真】疫病神が巨旦将来を滅ぼす

この茅の輪の演目は、困った人には親切にしようという訓示を含んでいます。

神能 八戸(やと)

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八戸(やと)は、スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治してイナタヒメを救う英雄譚です。

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幡屋神社で行われた佐世神楽は、とても素晴らしいものでした。

 

 

母里の子プロジェクトで子ども達の前で神楽を舞いました!

2015年10月4日(日)島根県安来市伯太町母里(もり)の西八幡宮と青垣神社で、母里氏子青年会主催の母里の子プロジェクト「子ども神社体験会」が開催されました。

新聞記事

前日には地元ケーブルテレビでの告知放送、当日の朝には新聞に告知記事が掲載されました。

想定以上のにぎわい

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集合場所は西八幡宮です。

開始時間になると、ぞろぞろと子ども達が集まり始めました。

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神社体験として、まずは神社の各所の名称の説明です。

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西八幡宮の宮廻(みやざこ)禰宜が、子ども達にわかりやすい言葉で、本殿などの説明をしました。

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親子や一般参加者含めて50人以上が真剣に聞いています。

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拝殿に上がり、装束や参拝の仕方を教わりました。

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座ったままの参拝の作法を教わり、それを実践しました。

氏子の方も「これは勉強になるなあ」と感心していました。

神主・巫女を体験しました!

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子ども達に神主と巫女の衣裳を着てもらう体験をしました。

また、太鼓を叩く体験も同時に行われました。

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徳林会長と柏平副会長は、巫女装束の着付けをしました。

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恥ずかしがっていた女の子たちも、装束を着ると引き締まった表情です。

可愛い巫女さんたちにお父さんお母さんもうれしそうでした。

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大国主命が守ると宣言した伝承地

子ども神社体験会開始から一時間で、次の体験場所である青垣神社に移動しました。

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青垣神社は地域でもっとも古いと伝わる神社です。

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地元の方や神楽を見に来られた方も含めて、100名以上になりました。

慌てて敷物を追加しました。

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境内に人がいっぱいです。

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事代主命が舞い出すと拍手喝采。

子ども達も興味深そうに見入っています。

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「出雲なる青垣山のふもとより神風吹けば涼しかるらん」

大国主命が舞いだすと割れんばかりの拍手です。

日野荒神神楽の歌にある青垣山のふもと、それはこの場所なのですから、すごい場所で神楽を舞わせていただきました。

そしてお待ちかねの福の種です。

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福の神からの福授け、前に出て餅やお菓子を受け取ります。

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大黒様と恵比寿様、そして母里氏子青年会の二人でにぎやかに餅やお菓子をまきました。

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子ども達も大喜びです。

よいものを見せてもらったと氏子のみなさんも喜んでいました。

西八幡宮に浦安の舞を奉納

子ども神社体験会が終わった後に、西八幡宮にて浦安の舞を奉納させていただきました。

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柏平副会長が舞いました。

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子ども達に神社を体験してもらおうという母里氏子青年会の企画でしたが、大盛況で大成功でした。

関係者のみなさま、お疲れ様でした。

鳥取市佐治に謎の古代巨石遺跡!?散在するメンヒル熊野神社遺跡

2015年9月27日(日)鳥取市佐治町大井の熊野神社遺跡を視察しました。

古墳時代ごろの始まり!?

熊野神社遺跡は、江戸時代前期の古文書、「稲葉民談記(いなばみんだんき)」「因幡誌(いなばし)」に記載され、熊野薬師、熊野三山信仰の遺跡として知られてきましたが、古墳時代ごろの墳墓から始まると考えられています。

その後、和歌山県熊野大社から熊野信仰が取り入れられ、神社が祀られました。

江戸時代に栄え大正5年に廃絶

江戸時代に入ると、石仏も安置され参詣者も増加し、無病息災と学問や安産にも効き目のある神仏習合の信仰の場として栄えました。

熊野神社は、明治時代まで続きましたが、大正5年(1916)に口佐治神社(くちさじじんじゃ)に合祀(ごうし)され、廃絶しました。

17体の表情豊かな羅漢像

入口付近から奥の院まで沿道にたたずむ17体※の石仏は、豊かな表情をたたえており、当時の人々が信仰の対象としていた面影をしのぶことができます。(※現在確認されている石仏の数)

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積石塔(古墳)

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1号塚(直径6m、高さ2m)、2号塚(直径11m、高さ3m)の2基あります。

塚は川原石と大石で構築され、1号塚には石室があります。

塚の形式は、朝鮮半島の積石塚やインドネシアのボロブドウール仏教遺跡との関係をうかがわせます。

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石窟内の羅漢像は江戸時代に安置されたと考えられています。

神座

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古代において巨岩は、神霊のとどまる場所とされ、神々の座す場所として崇拝されました。

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熊野神社遺跡では、山全体に多くの巨石があります。

小鳥居

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入り口から170mのところに小鳥居があります。

すぐそばに修行小屋の跡があり、ここで断食などの修行をしてこの鳥居をくぐったようです。

小鳥居を潜ると学問、安産に効力があると伝わっています。

石碑

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鳥居をくぐって参道を登った広場にあります。

イザナギ、イザナミの両神が祀られていました。

左手には、南北朝時代の供養塔が造立されています。

霊力を得ること、病気や災難から救済を受けることをお祈りされました。

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三途の川を渡り奥の院を目指します。

六人仏

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六人仏は、横穴式石室状の石材を石がんとして祀られ、5体1組、2段で構築されているものと、石室石がん内に祀られたものがあります。

この石材はひとつが数十トンあり、いつ頃作られたものなのかはわかっていません。

2000年以上前の超古代遺跡だという説もあります。

羅漢像は後から設置されたものです。

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羅漢は聖者の意味で、この世に永久に生存して末世において滅びる仏教を再び興すことを託された仏です。

ユーモラスな表情が人々に愛されました。

熊野神社遺跡で現在発見されている17体の羅漢像は、それぞれ表情が違っています。

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ここは平地ではなく険しい山の中腹です。

こんな場所にこのような巨石を設置するのは、どうやって行ったのか想像もつきません。

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四人仏

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四人仏は、切り立った岸壁の窪みに祀られ、その上には、阿弥陀仏の顔面を思わせる巨石が位置しています。

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ここから先にも那智の滝など、さまざまなものがあるのですが道が無くなっていて進めませんでした。

動画でご覧下さい!

熊野神社遺跡のガイドをご希望の場合は「五しの里さじ地域協議会」にお問い合わせください。

また、五しの里さじ地域協議会では、いろいろな体験メニュー用意しています。子ども会イベント、親子会、公民館行事などにご利用ください。

<問い合わせ>
五しの里さじ地域協議会事務局(株)さじ弐拾壱

TEL:0858-88-0177
FAX:0858-89-1515

ホームページ  http://www.5shi.join-us.jp/

 

 

 

 

 

八上姫縁結びおもてなしウォークで徳林亜美が八上姫に!?

2015年9月27日(日)鳥取市河原の道の駅清流茶屋かわはら主宰の第一回八上姫(やかみひめ)縁結びおもてなしウォークが開催されました。

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鳥取荒神神楽研究会は、オープニングの神楽を舞わせていただきました。

また、おもてなしチェックポイントでスタンプを押す八上姫役を、徳林会長がやらせていただきました。

古事記神話の地「因幡の八上姫」

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古事記の神話で有名なものとして、因幡(いなば)の白うさぎの話があります。

出雲の国の八十神(やそがみ)たちは、因幡の国の絶世の美女である八上姫に求婚に行くのですが、若き日の大国主命は荷物持ちとして行列の最後尾を着いていきます。

途中で皮をはがれて苦しんでいるうさぎを助け、因幡の国に行き八上姫に選ばれるというサクセスストーリーです。

その八上姫の里として、さまざまな伝承が残るのが、鳥取市河原なのです。

その伝承地である神社などをチェックポイントとして、約10kmのウォーキングを行うイベントが八上姫縁結びおもてなしウォークなのです。

オープニングで神楽を披露

イベントのオープニングでにぎやかに神楽を舞わせていただきました。

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鳥取県東部には神楽社中がなく、神楽の文化がないため珍しいこともあり、みなさん興味深く楽しんでいただくことができました。

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南部町の神話ガイドが大国主命役として参加

古事記の神話では、因幡の国で八上姫を娶った大国主命は、出雲の国へ帰る途中で、伯耆の国の手間山を通るときに、嫉妬した八十神たちにだまされて殺され、三柱の女神の助けで生き返ります。

この再生神話が伝わる鳥取県西伯郡南部町の「なんぶ神話ガイドの会」副会長の大塚道夫さんに、チェックポイントでスタンプを押す大国主命の役をしていただきました。

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普段はガイド役として、清水井などの神話伝承地で大国主命を神話の話をしている大塚さんですが、この日はなんとその大国主命の役なのです。

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スタート地点から近い最初のチェックポイントである黒木神社で、ウォーク参加者にスタンプを押しました。

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すごい行列です。

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ひたすらスタンプを押す大塚さん。

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参加者が全員通過したのを確認して、八上姫役の徳林会長がいる売沼(めぬま)神社に移動しました。

八上姫の神社に八上姫が!?

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八上姫を祭神として祭る売沼神社は延喜式にも記載されている由緒ある古社です。

1300年以上の歴史を持つすごい神社です。

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大国主命とハッチも到着しました。

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境内は広く、すがすがしい空気が流れています。

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本殿も細かい彫刻が施され、とても立派です。

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八上姫神社に八上姫がいるという、ある意味すごい状態に参加者も喜んでいました。

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神社の横にある川で記念撮影。

山と空が映りこんでとてもキレイです。

ゴール地点でお出迎え

最後にゴール地点で、参加者のみなさんのゴールをお出迎えです。

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神楽団も並びます。

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第一回目のイベントということでしたが、とても盛大で楽しいイベントになりました。

道の駅清流茶屋かわはらのみなさま、関係者のみなさま、おつかれさまでした。

神話が西部と東部をつないだ

今回のイベントでは、因幡を伯耆、鳥取県東部と西部が、神話由来でつながることができました。

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神話伝承地という点を、神話によってつないで線としたわけです。

このような取組みを続けて、線を面として山陰をつないでゆけたら、地域の魅力として訪れる人に喜んでいただけることと思います。

大国主命や出雲神話、出雲神の伝承地はたくさんあります。

これからもがんばりますので、伝承地のみなさま、気軽に声をかけてくださいね!

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追記:日本海新聞に掲載されました

2015年10月18日(日)イベントから半月ちょっと後なのですが、日本海新聞に掲載されました。

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白黒ですが写真も掲載されています。

日本海新聞社様ありがとうございました。