大東七夕まつりで海潮神代神楽山王寺和野社中の神楽を見ました!

2015年8月6日(木)島根県雲南市大東町の大東七夕まつりの海潮神代神楽の山王寺和野社中の神楽を視察しました。

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七夕神社もありました。

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花火もにぎやかでした。

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20時50分、ついに神楽がはじまります。

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出雲地方の南にあるから雲南

島根県雲南市は、島根県の東部にあり松江市と出雲市の南側に位置しています。出雲地方の南にあることから「雲南(うんなん)」です。

日本最古の歴史書とされる古事記に記されたスサノオノミコトのヤマタノオロチ退治は、雲南市内を流れる斐伊川流域がまさにその舞台であり、数多くの伝承地が残されています。

雲南市内の温泉や地名などは奈良時代の出雲國風土記にたどることができるという神話と歴史に彩られたまちです。

山王寺和野神楽社中

出雲神話の舞台となった地、雲南市大東町山王寺(和野)地区におよそ400年の伝統を持つ「海潮山王寺神楽」があります。風(舞)流の美しさや奥深さが高く評価され、昭和36年に県の無形民俗文化財に指定されています。

明治34年出雲大社宮司に認められ、出雲大社教神代神楽本部となって以来110年来毎年出雲大社大例祭(5月14日~16日)には三日三夜神前にて奉納しています。

昭和40年には出雲大社において天皇、皇后両陛下の天覧の光栄にも浴したほか、伊勢神宮、橿原神宮、明治神宮奉納をはじめ、国民文化祭、アメリカジャパンウィーク、ドイツ公演など、海外でも日本の伝統文化を披露されています。

雲南市観光サイトより

場の一切を払い清める清目

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神楽のはじめは清目です。

場の一切を祓い清めます。

畝傍山(うねびやま)

神武東征の神話を題材とした演目です。

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磐余彦命(いわれひこのみこと・後の神武天皇)は、海の案内に国津神であり海人族である珍彦(うずひこ)、烏(からす)となって軍を導く武角見命(たけつぬのみこと)、そして僕神である大久米命(おおくめのみこと)、道臣命(みちおみのみこと)の四神を従え東方のまつろわぬ夷(えびす)を征伐に向かいます。

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高倉下命(たかくらじのみこと)は、天照大神の命で授かった霊剣フツノミタマノツルギを磐余彦命に献上します。

大倭国(やまとのくに)の長脛彦と土蜘蛛は、磐余彦命には従えぬと反抗し、四神と激しい戦闘になります。

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激しい抵抗の後、長脛彦は鎮められ、大倭国が平定されます。

そして、神日本磐余彦命が橿原の畝傍山で即位し、第一代神武天皇となられる建国神話が神楽になっています。

散供

大国主命と事代主命から福の種がまかれました。

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福の種として餅がまかれたのですが、子供達の熱狂ぶりはかつて見たことがないほどのものでした。

これも地域性でしょうか。

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樋の川大蛇退治09

出雲に天下った須佐之男命(すさのおのみこと)は、斐伊川の上流で嘆き悲しむ老夫婦と姫に出会います。

老夫婦に理由をたずねると、かつて八人の娘がいたけれど、川上に住む頭と尾が八つある恐ろしい大蛇に七人の姫を取り呑まれ、残った稲田姫をも取り呑まんともうすぐやってくるとのことでした。

須佐之男命は稲田姫を妻にもらうことを条件に、大蛇退治を約束します。

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強い酒を造り、大蛇に呑ませて酔ったところを十握(とつか)の剣で退治するという作戦です。

やがて大蛇が現れて酒を飲み干します。

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0106大蛇が酔って眠ったところに須佐之男命が現れて、激しい戦いとなります。

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そうしてついに大蛇は退治され、尾より出た宝剣、天群雲剣(あめのむらくものつるぎ)を得るのです。

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出雲神楽はその荒々しさが魅力です。

そして、笛や太鼓のお囃子が素晴らしいです。

本場の出雲神楽に酔いしれて、学びと刺激をいただいたよい夜となりました。