7/5(日)伯耆の国の手間山に登ってみませんか?

古事記に伯耆の国の手間山と記載されるあの手間山に登ってみませんか?

2015年7月5日(日)あいみ手間山地域振興協議会が、手間要害山に登る自然観察会を企画しました。

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大国主命再生神話の舞台

手間要害山は、古事記の再生神話で、大国主命が蘇生復活した地です。

ふもとには、赤猪岩神社や神獣鏡も出土している普段寺古墳群があります。

また、車で5分ほどのところには、鳥取県西部最大の108メートルの前方後円墳である御崎殿山古墳があります。

自然観察指導員が随行

片道一時間ほどの登山ですが、ただ登るだけではありません。

南部町が誇る自然観察指導員の桐原真希さんが随行し、動植物についてお話をしてくれます。

自然観察員のガイド付きの登山は、とても楽しいですよ!

手間要害山自然観察会

桐原真希自然観察指導員と一緒に、野鳥や植物を観察しながら手間要害山トレッキングコースの山頂を目指します。

狭い道や傾斜がありますが、小中学生も用意に登頂できるコースです。

登山口から山頂まで片道一時間程度です。

運がよければブッポウソウに出会えるかも・・・!!

手間要害山へ登ってみたい方、ご参加ください!

平成27年7月5日(日)

午前8時30分 交流会館集合

南部町役場天万庁舎敷地内

参加費無料

小雨決行

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徳林も参加します!

みなさん一緒に手間要害山に登りましょう!

申込み方法

平成27年6月25日(木)の申込み締め切りまでに、あいみ手間山地域振興協議会宛に、氏名、年齢、住所、連絡先、を記載して、「エコツーリズム手間山 自然観察会申込み」としてFAXしてください。

FAX:0859-64-3790

あいみ手間山地域振興協議会

鳥取県西伯郡南部町天萬548 TEL:0859-64-3790

 

6/30(火)西八幡宮「茅の輪くぐり」浦安の舞奉献にお越しください!

2015年6月30日(火)18時より島根県安来市母里の西八幡宮境内にて、茅(ち)の輪くぐりが行われます。

茅の輪くぐりって?

茅(ちがや)を束ねて大きな輪としたものです。

正月から六月までの半年間の罪穢(つみけがれ)を祓う夏越の大祓で境内に設置され、それをくぐることによって罪穢や疫病が祓われると言われています。

茅の輪くぐりの由来

奈良時代に編纂された備後国風土記の故事に由来します。

ヤマタノオロチを倒したスサノオノミコトが南海で旅をしている途中、蘇民将来(そみんしょうらい)と巨旦将来(こたんしょうらい)という兄弟のところで宿を求めたところ、弟の巨旦将来は裕福でありながら宿泊を拒み、兄の蘇民将来は貧しいながらも喜んでもてなしました。

スサノオノミコトは蘇民将来に「悪い病気が流行ったら腰に茅の輪をつければ病気にかからない」とおしえられました。

そして疫病が流行したとき、巨旦将来の家族は病に倒れましたが、蘇民将来とその家族は茅の輪で助かりました。

この故事にちなんで腰に茅の輪をつけるようになったのですが、それが次第に大きくなり、江戸時代のはじめには大きな茅の輪をくぐって罪や災いを取り除く神事になりました。

大国主命が守った「母里」西八幡宮

島根県安来市母里は、出雲国風土記で大国主命が守ると宣言されたことに由来する地名です。

その母里の郷社が西八幡宮です。

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そこで茅の輪くぐりが行われます。

鎮座地:島根県安来市伯太町西母里129
日時:2015年6月30日(火)18時より

浦安の舞奉献

今回は鳥取荒神神楽研究会の徳林会長による浦安の舞奉献が行われます。

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扇の舞と鈴の舞を奉献させていただきます。

罪穢を祓いにお越しください!

暑い夏を乗り切るためにも、罪穢や疫病を祓いに、みなさま是非お越しください!

出雲神楽の源流である佐陀神能「手草」「八重垣」の大蛇退治の結末に驚いた夜2015

2015年6月6日(土)島根県松江市鹿島町の佐太神社で行われた佐陀神能特別定期公演で、演目「手草(たくさ)」「八重垣(やえがき)」を視察しました。

出雲流神楽の源流

佐陀神能は佐太神社の御座替祭(ござがえさい)にあわせて執り行われるもので「七座神事」「式三番」「神能」の三つの神事舞を総称したものです。

古くから行われているこの神事舞の形式は、出雲流神楽の源流として、日本全国の里神楽に影響を与えたと言われています。

神社の祭事に能形式の神楽を奉納するのは全国的にも他に類を見ないものであり、その形式は芸能史的に高い価値を持ちます。

国指定重要無形民俗文化財であり、平成23年にはユネスコ無形文化遺産リストに登録されています。

出雲造りの本殿が三つ並び建つ出雲国三大社にして出雲国二ノ宮の神在の社

佐陀神能が行われる佐太神社は、出雲国風土記に「カンナビヤマの麓に座す」佐太大神社(さたのおおかみのやしろ)または佐太御子社(さたのみこのやしろ)と記されており、延喜式では出雲国二ノ宮とされ、出雲国三大社の一つとして「佐陀大社」と称えられた神社です。

荘厳な出雲造りの本殿が三つ並び、国指定重要文化財となっています。

佐太大神をはじめ十二柱の神々を祀る

佐太神社の主祭神は佐太大神で、猿田彦の神と同神であり「導きの神」とされています。

また、八百万の神々がお集まりになる神在祭は出雲国の神社で行われているものの中でも、文献上もっとも古く、なおかつ祭の形態も古い形を伝えており、神在の社として全国から広く信仰を集めています。

かぐけんからは六名が参加

今回の視察では、徳林会長、柏平副会長、景山ムル、亀山直也、亀山真也、ノリさんの六名が参加しました。

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佐陀乃だんだん家のすましぜんざい

佐太神社の鳥居の前には、喫茶と手作り雑貨の店、佐陀乃だんだん家があります。

今回の待ち合わせ場所はここでした。

そして、名物のすましぜんざいをいただきました。

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佐太神社のお供え餅がぜんざいの起源!?

日本全国から八百万の神々が出雲に集まる神在月、佐太神社の裏山には母神イザナミノミコトの御神陵があります。

イザナミノミコトの御命日にあたる旧暦10月に母神を慕って神様が集う佐太神社の神在祭は「お忌みさん」と呼ばれ、11月20日から25日まで行われる祭の後に、お供えの餅と小豆をいただいたのが「ぜんざい」の起源と伝わっています。

神在(じんざい)が、出雲ズーズー弁で訛って、「ぜんざい」として全国に広まったのだそうです。

出典:佐陀乃だんだん家より

かがり火の中で荘厳に執り行われる神事舞

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20時になり太鼓と笛が鳴り響き、佐陀神能がはじまりました。

榊と鈴の手草の舞

この日はふたつの演目が行われたのですが、まずは七座神事の中から手草が舞われました。

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鈴と榊を手に二人で舞います。

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七座神事は、佐太神社御座替祭で敷きかえる本殿の茣蓙を清めるために執り行われる神事舞で、剣舞、散供(さんぐう)、清目、御座、勧請、八乙女、手草の七座です。

舞によって剣、榊、茣蓙、小幣、大幣、鈴等の採物(とりもの)を手に持って舞われます。

能の動きを含んだ舞は独特なもので、すり足や足踏み、袖を巻く所作など見るべきところが多くありました。

神能 八重垣

慶長13年(1608年)に佐太神社の神職が京都に行き、当時流行っていた猿楽、幸若などの形式を用いて出雲神話や地域伝承を題材にして創作したのが神能です。

十二段(中絶しているものが三段)と番外の二段が継承されています。

神能「八重垣」はスサノオノミコトのヤマタノオロチ退治の神話を題材とした演目です。

臣の奏仁が大蛇退治の前段を語る

まずはスサノオノミコトの従者であり臣である奏仁が舞いだし、スサノオノミコトが出雲の国斐伊川に天降り、テナヅチ、アシナヅチ、クシナダヒメと出会い、ヤマタノオロチに娘であるクシナダヒメを差し出さなければならないことを聞き、大蛇退治をすることになったという物語を語ります。

そして八重垣を造り、クシナダヒメをその中に移し、その前に毒酒を置いて、スサノオノミコトはヤマタノオロチを待ち構えます。

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大蛇退治は衝撃的な結末

ヤマタノオロチが現れ、毒酒を飲んで倒れます。

スサノオノミコトはヤマタノオロチを起こしますが、なんと戦うのは奏仁です。

スサノオノミコトは座って戦いを見守ります。

手負いのヤマタノオロチと、槍を振るう奏仁の激しい攻防が続きます。

そしてヤマタノオロチと奏仁が膠着状態になっているとき、スサノオノミコトはおもむろに腰の剣を抜き、後ろからヤマタノオロチをめった斬りにします。

後ろからかよ!?

はっきりいって卑怯です。

石見神楽や備中神楽のスサノオノミコトは勇壮にヤマタノオロチと戦い討ち取りますが、佐陀神能のスサノオノミコトは後ろからそっと忍び寄ってめった斬りです。

はじめて見る人は、みんなびっくりする衝撃的な結末です。

動画でご覧下さい!

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6/18(木)皆生温泉東光園で神楽ふれあい体験会SP(スペシャル)は雅楽の舞もありますよ!

6月は神楽ふれあい体験会SPです!

スペシャルです!

2015年6月18日(木)鳥取県米子市皆生温泉東光園にて、鳥取荒神神楽研究会神楽ふれあい体験会SPを開催します。

今回は、出雲流神楽のお話、そして雅楽の蘭陵王の舞があります。

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日付:2015年6月18日(木)
時間:19~21時
場所:皆生温泉東光園
料金:無料

  • 出雲流神楽のお話
  • 雅楽 蘭陵王
  • 神楽 事代主命の舞
  • 神楽 大国主命の舞

生演奏による雅楽に触れる貴重な体験になりますので、みなさま是非お越しください!

出雲流神楽の歴史~入門編~

中野秋鹿氏

島根県松江市出身。奈良女子大学文学部卒業。島根大学大学院教育学部修了。中村元記念館東洋思想文化研究所研究員。現在は鳥取県湯梨浜町在住。
専門は日本史・民俗学で、出雲流神楽を中心に山陰の民俗芸能・祭祀の調査研究を行う。

舞楽 陵王

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鳳鳴雅楽会

H25年、山陰の若手雅楽演奏家を集めた雅楽会を結成。
主に天理大学雅楽部のOB、OGにより構成。宮内庁式部職楽部の楽師に師事。

老人ホームへの慰問演奏、神社での結婚式での演奏など、演奏要請により柔軟に対応する雅楽会。

今回は雅楽の中でも舞楽のジャンル、その中から最も有名な舞楽、陵王をお送りします。

かがり火の揺れる炎で幻想的に!

8時頃よりの雅楽舞と神楽については、晴れた場合は中庭のステージでかがり火を焚いて行います。

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日本古来の芸能を、屋外のかがり火の炎とともに幻想的に楽しむことができます。

講演と雅楽と神楽で豪華な体験会です

雅楽に神楽と、とても豪華な体験会となっておりますので、みなさん是非お越しください!

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体験会終了後に希望者は食事に行きます。

⇒体験会申し込みはこちらから(FB)

問い合わせ

090-1331-6348 とくばやし

※トップの神楽画像は中野秋鹿さん撮影で松江市の亀尾神能保存会です。

金田川ホタルの里にホタルを見に行きました

2015年6月3日(水)鳥取県西伯郡南部町金田の金田川ホタルの里で行われた第21回蛍を見る会に、鳥取荒神神楽研究会と、ホームページ等で一般公募した方たちとで参加しました。

ホタルのいなくなった川がホタルの名所に!?

金田川ホタルの里は、ホタルの名所として有名ですが、米子市という都市部に隣接する区域であり、また金田集落の真ん中にあります。

実際、いまから20年ほど前には、環境の悪化などが原因で、ホタルがいなくなっていました。

それが今ではピーク時に一日2500人も訪れる鳥取県西部で有名なホタルの名所になったのはどういう理由なのでしょうか?

もう一度ホタルが見たいと住民がはじめた活動

ホタルが飛ばなくなった川で、もう一度ホタルが見たい、住民有志4人が集まって、上流で集めたホタルの幼虫とホタルの餌になるニナ貝を放流しましたが最初の二年は一匹のホタルも飛びませんでした。

一匹のホタルが飛びどんどん増えた

しかし、岩の上にも三年とはよく言ったもので、三年目についに一匹のホタルが飛んだのです。

そして、ホタルの数はどんどん増えました。

その頃には口コミで多くの人が訪れるようになっていました。

集落住民の協力でホタルの名所に

金田集落は、普段は集落外の人が歩くことはないところでした。

そこに知らない人がぞろぞろと来るようになったことで、最初のうちは住民から批判的な声も上がりました。

しかし、テレビや新聞などに取り上げられ、遠くから来た人が「すごいね」「きれいだね」と喜んでいる姿を見ることは、集落にとって誇らしくも感じられ、いつしか住民達も協力してくれるようになりました。

今ではこの時期には住民は家の電気を消して協力してくれるようになりました。

ホタル灯篭が立ち並び、公民館前では住民のバザーが行われ、ホタルのいなくなった川が、ホタルの名所になったのです。

いこい荘に集合して移動

さて、この日は18時50分に、南部町浅井にあるいこい荘の駐車場で集合でした。

徳林会長と柏平副会長は着物でスタンバイです。

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続々と集合し、車で金田まで移動しました。

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この駐車場も、金田川ホタルの里のメンバーが、たくさん人が来られるようになったのでと田をつぶして駐車場にしてくれました。

また、期間中は有志の資金でトイレも設置されます。

手作りでここまでやっておられる金田川ホタルの里のみなさんは、本当にすばらしいと思います。

蛍を見る会

会場は小松谷城址のふもとにある土居橋です。

主催者である岡田善治さんのあいさつの後、豚汁を食べながら暗くなるのを待ちました。

1000匹以上のホタル

前日から当日の朝にかけて雨が降っていたこと、そして雲が月隠している最高のコンディションです。

暗くなるとともにホタルが光りはじめました。

金田川ホタルの里の井塚会長も来られ、今日は最高の状態だと言っておられます。

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野点のお茶もいただきながら、参加者は思い思いにホタルを観賞しました。

参加者が帰った後、井塚会長のお宅で、コーヒーをいただきました。

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この井塚会長を筆頭に、金田のみなさんのおもてなしの心が、金田をホタルの名所にしているのだと思います。

この季節は見回りを含めて、集落を歩いておられますので、見かけたら声をかけてみてください。

高らかな楽しそうな笑い声で、井塚会長がいろんな話をしてくれると思います。

シーズンはまだまだ続きますので、みなさん是非行ってみてください。

 

 

出雲流神楽の「もの言う面」と「うた歌う面」

日本人は、古くから神楽面や能面や舞楽面など、さまざまな仮面や化粧を用いることで神々になったり、人間性をさらに強調したりして、神事や芸能や祭を現在まで伝えてきました。

面は大きく分類すると、神、男、女、鬼、動物などの形があるが、さらにそれらの面をよく見ると、その表情や色の中に、祭の庭や舞台で仮面を用いる場合の、様々な約束事が様式として隠れています。

仮面の色が白なのか、黒なのか、赤、青など何色なのか。

目や歯に金属板や貝や骨などが使われているか。

それらも面の役柄の性格や個性を強く表しているのです。

 神面(しんめん)

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写真:大原神主神楽 演目 山神祭 天小屋根命(あめのこやねのみこと) 撮影:河合勝齋

神面は「へしみ」という種類のものが多い。

へしみとは、口を結んで物を言わない形相を言う。

問答の中で言葉を発すると敗北を意味するので口を閉ざす形になっているという。

男性的で緊張感のある面である。

姫面(ひめめん)

顔が少しはみ出るくらいの小ぶりな面で、頭には天冠をつける。

それぞれの面に意味がある

神楽で使われる面には、それぞれいろいろな意味があります。

こういった意味を調べてみるのもおもしろいと思います。

 

2015年6月20日(土)第11回出雲国大原神主神楽定期公演会が行われます

2015年6月20日(土)島根県雲南市大東町の古代鉄歌謡館にて、第11回出雲国大原神主神楽定期公演会が行われます。

八百万の神と結ぶ神の国の神楽

島根県東部のほぼ中央部に「大原」という地方があります。日本最初の書物である「古事記」に登場する神話の舞台の一つであり、出雲大社を中心とする八百万の神と由緒深く結ばれた「神の国」と言われるほどの霊験な地域です。

この地域では古くから神主や村人たちによって神祭が行われ、中でも「神楽」「獅子舞」「田楽」等が多くの社中によって盛んに演じられ、しかも様々な芸態をとって上演されてきました。

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神職のみで舞われる神主神楽

「出雲國大原神主神楽」は西暦1850年代に復興しました。現在の島根県雲南市の大原地内や近隣の神主が「神楽組」を組織し、当時点在・散逸していた「神楽」を収集して伝承に当たったのがそのはじまりです。

その後、譜本にまとめて集大成するとともに、古くからの「宗教芸態」の形態を一時も村人の手に委ねることなく神主だけで正しく受け継いできました。従って只今では、日本の純粋な「神楽」の代表として高い評価を頂いています。

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伝承曲は「七座」が7曲、「神能」が21曲ですが、その他に「湯立(ゆだて)神事」「御託宣(おたくせん)神事」といった修験色が色濃く残ったものや、「八ツ花」「式三番」といった独自の舞もあります。

その大原神主神楽の定期公演が行われます。

日時:2015年6月20日(土)18時開演
場所:島根県雲南市大東町「古代鉄歌謡館」

<演目>
清目、切目、国譲、三韓、八戸

入場は無料です!

国譲

天照大御神は「豊葦原瑞穂国は、我が御子の治める国」といっておられましたが、葦原の中津国は、当時すでに大国主命がお治めになっていたので、まず建御雷神(たけみかずちのかみ)を使者として派遣し、出雲の国の稲佐の浜において、大国主神と国土奉献について談判され、大国主命は御子神、事代主命と共にその国土を奉献することを約束されたのでした。

建御雷神は、大国主命の住居を、宮柱を壮大に建てて、天井に千木を高く上げて宮殿を造ることを約束されました。

しかし、大国主命のもう一人の御子神、建御名方神(たけみなかたのかみ)はこれを承認せず、建御雷神と千引きの岩によって力くらべをされましたが、建御雷神の力には及ばず、信濃の国諏訪湖のほとりまで逃れ、ついに降参され「父の命の仰せのごとく、葦原の中津国は天津国の御子に奉らん」と申され、国土を献上されることになりました。

このことに感謝された天照大御神は、大国主命には出雲へ、事代主命には美保関へ、建御名方神には信州諏訪の地にとおのおの社を建て、その志に報いられました。

それが現在の出雲大社、美保神社、諏訪大社であります。

 八戸(やと)

高天原で狼藉を働き地上に追放となった須佐之男命が、出雲の国肥の川(今の斐伊川)の川上に進まれたところ、一人の姫の中に嘆き悲しんでいる老夫婦に出会われました。

命が訳を尋ねられると、老夫婦は、私たちには八人の娘がいましたが、この川上に住む、頭は八つ、尾は八つの恐ろしい大蛇に七人の姫を取り呑まれ、この稲田姫を妻にもらうことを条件に、大蛇を退治する事を約束され、強い酒を造り、八つの酒船に満たして家の周りに置き、これに姫の姿が写るようにし、大蛇を待たれました。

やがてやって来た大蛇は、酒船に写った姫を飲もうと一滴も残さずに飲み干し、酔っ払って寝てしまいました。

命は十握(とつか)の剣を持って大蛇をずたずたに切り裂かれ、尾より天の群雲(あまのむらくも)の剣(後の草薙の剣)を取り出されました。

そして稲田姫を思い、「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣つくる その八重垣を」と和歌を詠まれ、須賀の地に宮殿を建て、二人の子孫によって出雲の国造りが成され、大国主命に受け継がれます。

 

6/6(土)出雲流神楽の源流「佐陀神能」を見に行こう!

2015年6月6日(土)島根県松江市鹿島町佐陀宮内の佐太神社で佐陀神能の定期公演が行われます。

鳥取荒神神楽研究会のメンバーと一緒に行ってみませんか?

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佐陀神能とは?

佐太神社の祭礼である御座替祭(ござがえまつり)に合わせて執り行われる「七座神事」「式三番」「神能」の三つの神事舞の総称です。
古くからこの形式で執り行われており「出雲流神楽の源流」と呼ばれ、全国各地に伝わる里神楽に大きな影響を与えています。
国指定重要無形民俗文化財でありユネスコ文化遺産に登録されています。

神在の社

佐陀神能が行われる佐太神社は、出雲国風土記や延喜式にも記載されている古社で、出雲造りの本殿が三つ並ぶ荘厳なもので、国指定重要文化財になっています。
八百万の神々がお集まりになる神在祭が行われることから「神在の社」と言われています。

定期公演に行こう!

この佐陀神能の特別公開が行われます。
みなさん、わたしたちと一緒に見ませんか?

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日時:2015年6月6日(土)20時~21時
演目:手草、八重垣(大蛇退治)
会場:佐太神社境内「舞殿」
料金:1200円(中学生以下無料)
※料金は当日に直接支払ってください。
※募集人員が100名で予約制だそうです。

集合:おしるこやさんの前に19:30集合
※目印は徳林とかムル

人数が20人以上になると団体料金で1000円になるようなので、みなさん友達など誘って一緒にいきましょう!

申し込みはfacebookイベントページかお電話でどうぞ!

⇒FB申込みページはこちら

090-1331-6348 とくばやし

古代鉄歌謡館には出雲神楽の面や龍蛇信仰の展示があるのです

2015年5月30日(土)島根県雲南市大東町の海潮温泉にある古代鉄歌謡館に行きました。

歌謡と言っても古代の歌のことです!

古代鉄歌謡館とは、古代の人がさまざまな想いでつむいだ歌のことで、大東町でスサノオノミコトが日本最初の和歌を詠んだとされることにも所以します。

古代の歌で鉄に関わるものを集めているのが古代鉄歌謡館です。

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建物の外観は大蛇をデザインしたものだそうです。

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一階には出雲神楽のスサノオノミコトとヤマタノオロチの立体的な展示があります。

出雲神楽の面に圧倒される

入館料210円を払うと二階の展示コーナーを見ることができます。

とにかくすごいのは面の展示です。

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中央の巨大な面は八十神です。

木彫りで縦70cmもあります。

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さまざまな面は、それぞれが独特の表情をしています。

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口を閉じているか開いているか、面の色、それぞれに意味があります。

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また、竜蛇神話の民俗誌、水信仰と民俗楽、鉄の道と文化圏などの展示があります。

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毎月第二第四土曜日は神楽の夕べ

古代鉄歌謡館一階には、階段状の固定席252席を持つ劇場があります。

ここで毎月第二と第四土曜日に神楽の夕べとして、神楽鑑賞会が行われています。

高校生以上500円で神楽を観ることができます。

詳しい日程や演目などは、古代鉄歌謡館にお問い合わせください。

問い合わせ

古代鉄歌謡館

島根県雲南市大東町中湯石84番地
0854-43-6568

6月はホタルと神楽の夕べも開催されるとのことです。

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法隆寺金堂と並ぶ日本最古の寺院壁画「上淀廃寺」で神楽をしました

2015年5月31日(日)鳥取県米子市淀江の上淀廃寺にて、彼岸花の球根を植える「彼岸花の里づくりプロジェクト 彼岸花植栽イベントin上淀廃寺」が開催されました。

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法隆寺金堂と並ぶ日本最古の仏教寺院壁画

鳥取県米子市淀江に上淀廃寺(かみよどはいじ)と呼ばれる白鳳時代の寺院跡がある。

西暦600年代後半頃に建立されたと推定され、300年後の10世紀中ごろ、平安時代中期に火災により焼失したと考えられている。

それから1000年後・・・

平成3年2月に開始された発掘作業で、金堂や塔と思われる建物跡や礎石が次々に掘り出されたが、3つの塔の礎石が発掘されたが、そのような寺院は、平安時代以前の日本には事例がないものであり、南北に塔を配置する様式は百済の寺院に多く見られるという大陸との交流を感じさせる発見となった。

国家プロジェクトに比肩する寺院壁画

平成3年4月、小さな土のかたまりに残った壁画の破片が発見された。

神将、飛天、菩薩などを描いた破片が次々と発見されたが、それまでこれに匹敵する寺院壁画は法隆寺金堂のみであり、法隆寺金堂は国家プロジェクトとして制作されたというのが研究者間では常識だったため、この上淀廃寺の発見は各方面に衝撃をもたらした。

山陰のひなびた寒村に、かつて法隆寺に匹敵する大寺院が存在していたという事実が発掘によって明らかになったのだ。

日本最大の弥生集落と本州唯一の石馬

この上淀廃寺は、伯耆大山の日本海側、弥生時代の日本最大の集落遺跡「妻木晩田(むきばんだ)遺跡」や向山古墳群と隣接している。

また、近くには本州で唯一の石馬が出土していて、上淀廃寺から徒歩で5分ほどの天神垣神社の境内に造られた建屋に保存されている。

植栽イベントで神楽

上淀廃寺跡の斜面に球根を植える植栽イベントの休憩時間に、神楽を舞わせていただきました。

新緑の中、古代ロマンあふれる地で神楽を舞いました。

山々に響く太鼓の音は幻想的でした。

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上淀白鳳の丘展示館へどうぞ!

上淀廃寺の出土品は、近接する上淀白鳳の丘展示館に保管・展示されています。

館長の長谷川さんは、鳥取荒神神楽研究会のホームページを見て来ましたと言えば、きっとよくしてくれますので、みなさん是非行ってみてください。