金田川ホタルの里にホタルを見に行きました

2015年6月3日(水)鳥取県西伯郡南部町金田の金田川ホタルの里で行われた第21回蛍を見る会に、鳥取荒神神楽研究会と、ホームページ等で一般公募した方たちとで参加しました。

ホタルのいなくなった川がホタルの名所に!?

金田川ホタルの里は、ホタルの名所として有名ですが、米子市という都市部に隣接する区域であり、また金田集落の真ん中にあります。

実際、いまから20年ほど前には、環境の悪化などが原因で、ホタルがいなくなっていました。

それが今ではピーク時に一日2500人も訪れる鳥取県西部で有名なホタルの名所になったのはどういう理由なのでしょうか?

もう一度ホタルが見たいと住民がはじめた活動

ホタルが飛ばなくなった川で、もう一度ホタルが見たい、住民有志4人が集まって、上流で集めたホタルの幼虫とホタルの餌になるニナ貝を放流しましたが最初の二年は一匹のホタルも飛びませんでした。

一匹のホタルが飛びどんどん増えた

しかし、岩の上にも三年とはよく言ったもので、三年目についに一匹のホタルが飛んだのです。

そして、ホタルの数はどんどん増えました。

その頃には口コミで多くの人が訪れるようになっていました。

集落住民の協力でホタルの名所に

金田集落は、普段は集落外の人が歩くことはないところでした。

そこに知らない人がぞろぞろと来るようになったことで、最初のうちは住民から批判的な声も上がりました。

しかし、テレビや新聞などに取り上げられ、遠くから来た人が「すごいね」「きれいだね」と喜んでいる姿を見ることは、集落にとって誇らしくも感じられ、いつしか住民達も協力してくれるようになりました。

今ではこの時期には住民は家の電気を消して協力してくれるようになりました。

ホタル灯篭が立ち並び、公民館前では住民のバザーが行われ、ホタルのいなくなった川が、ホタルの名所になったのです。

いこい荘に集合して移動

さて、この日は18時50分に、南部町浅井にあるいこい荘の駐車場で集合でした。

徳林会長と柏平副会長は着物でスタンバイです。

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続々と集合し、車で金田まで移動しました。

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この駐車場も、金田川ホタルの里のメンバーが、たくさん人が来られるようになったのでと田をつぶして駐車場にしてくれました。

また、期間中は有志の資金でトイレも設置されます。

手作りでここまでやっておられる金田川ホタルの里のみなさんは、本当にすばらしいと思います。

蛍を見る会

会場は小松谷城址のふもとにある土居橋です。

主催者である岡田善治さんのあいさつの後、豚汁を食べながら暗くなるのを待ちました。

1000匹以上のホタル

前日から当日の朝にかけて雨が降っていたこと、そして雲が月隠している最高のコンディションです。

暗くなるとともにホタルが光りはじめました。

金田川ホタルの里の井塚会長も来られ、今日は最高の状態だと言っておられます。

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野点のお茶もいただきながら、参加者は思い思いにホタルを観賞しました。

参加者が帰った後、井塚会長のお宅で、コーヒーをいただきました。

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この井塚会長を筆頭に、金田のみなさんのおもてなしの心が、金田をホタルの名所にしているのだと思います。

この季節は見回りを含めて、集落を歩いておられますので、見かけたら声をかけてみてください。

高らかな楽しそうな笑い声で、井塚会長がいろんな話をしてくれると思います。

シーズンはまだまだ続きますので、みなさん是非行ってみてください。

 

 

出雲流神楽の「もの言う面」と「うた歌う面」

日本人は、古くから神楽面や能面や舞楽面など、さまざまな仮面や化粧を用いることで神々になったり、人間性をさらに強調したりして、神事や芸能や祭を現在まで伝えてきました。

面は大きく分類すると、神、男、女、鬼、動物などの形があるが、さらにそれらの面をよく見ると、その表情や色の中に、祭の庭や舞台で仮面を用いる場合の、様々な約束事が様式として隠れています。

仮面の色が白なのか、黒なのか、赤、青など何色なのか。

目や歯に金属板や貝や骨などが使われているか。

それらも面の役柄の性格や個性を強く表しているのです。

 神面(しんめん)

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写真:大原神主神楽 演目 山神祭 天小屋根命(あめのこやねのみこと) 撮影:河合勝齋

神面は「へしみ」という種類のものが多い。

へしみとは、口を結んで物を言わない形相を言う。

問答の中で言葉を発すると敗北を意味するので口を閉ざす形になっているという。

男性的で緊張感のある面である。

姫面(ひめめん)

顔が少しはみ出るくらいの小ぶりな面で、頭には天冠をつける。

それぞれの面に意味がある

神楽で使われる面には、それぞれいろいろな意味があります。

こういった意味を調べてみるのもおもしろいと思います。

 

2015年6月20日(土)第11回出雲国大原神主神楽定期公演会が行われます

2015年6月20日(土)島根県雲南市大東町の古代鉄歌謡館にて、第11回出雲国大原神主神楽定期公演会が行われます。

八百万の神と結ぶ神の国の神楽

島根県東部のほぼ中央部に「大原」という地方があります。日本最初の書物である「古事記」に登場する神話の舞台の一つであり、出雲大社を中心とする八百万の神と由緒深く結ばれた「神の国」と言われるほどの霊験な地域です。

この地域では古くから神主や村人たちによって神祭が行われ、中でも「神楽」「獅子舞」「田楽」等が多くの社中によって盛んに演じられ、しかも様々な芸態をとって上演されてきました。

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神職のみで舞われる神主神楽

「出雲國大原神主神楽」は西暦1850年代に復興しました。現在の島根県雲南市の大原地内や近隣の神主が「神楽組」を組織し、当時点在・散逸していた「神楽」を収集して伝承に当たったのがそのはじまりです。

その後、譜本にまとめて集大成するとともに、古くからの「宗教芸態」の形態を一時も村人の手に委ねることなく神主だけで正しく受け継いできました。従って只今では、日本の純粋な「神楽」の代表として高い評価を頂いています。

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伝承曲は「七座」が7曲、「神能」が21曲ですが、その他に「湯立(ゆだて)神事」「御託宣(おたくせん)神事」といった修験色が色濃く残ったものや、「八ツ花」「式三番」といった独自の舞もあります。

その大原神主神楽の定期公演が行われます。

日時:2015年6月20日(土)18時開演
場所:島根県雲南市大東町「古代鉄歌謡館」

<演目>
清目、切目、国譲、三韓、八戸

入場は無料です!

国譲

天照大御神は「豊葦原瑞穂国は、我が御子の治める国」といっておられましたが、葦原の中津国は、当時すでに大国主命がお治めになっていたので、まず建御雷神(たけみかずちのかみ)を使者として派遣し、出雲の国の稲佐の浜において、大国主神と国土奉献について談判され、大国主命は御子神、事代主命と共にその国土を奉献することを約束されたのでした。

建御雷神は、大国主命の住居を、宮柱を壮大に建てて、天井に千木を高く上げて宮殿を造ることを約束されました。

しかし、大国主命のもう一人の御子神、建御名方神(たけみなかたのかみ)はこれを承認せず、建御雷神と千引きの岩によって力くらべをされましたが、建御雷神の力には及ばず、信濃の国諏訪湖のほとりまで逃れ、ついに降参され「父の命の仰せのごとく、葦原の中津国は天津国の御子に奉らん」と申され、国土を献上されることになりました。

このことに感謝された天照大御神は、大国主命には出雲へ、事代主命には美保関へ、建御名方神には信州諏訪の地にとおのおの社を建て、その志に報いられました。

それが現在の出雲大社、美保神社、諏訪大社であります。

 八戸(やと)

高天原で狼藉を働き地上に追放となった須佐之男命が、出雲の国肥の川(今の斐伊川)の川上に進まれたところ、一人の姫の中に嘆き悲しんでいる老夫婦に出会われました。

命が訳を尋ねられると、老夫婦は、私たちには八人の娘がいましたが、この川上に住む、頭は八つ、尾は八つの恐ろしい大蛇に七人の姫を取り呑まれ、この稲田姫を妻にもらうことを条件に、大蛇を退治する事を約束され、強い酒を造り、八つの酒船に満たして家の周りに置き、これに姫の姿が写るようにし、大蛇を待たれました。

やがてやって来た大蛇は、酒船に写った姫を飲もうと一滴も残さずに飲み干し、酔っ払って寝てしまいました。

命は十握(とつか)の剣を持って大蛇をずたずたに切り裂かれ、尾より天の群雲(あまのむらくも)の剣(後の草薙の剣)を取り出されました。

そして稲田姫を思い、「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣つくる その八重垣を」と和歌を詠まれ、須賀の地に宮殿を建て、二人の子孫によって出雲の国造りが成され、大国主命に受け継がれます。