太田猿田彦大神が縁結びのサイノカミなのはなぜなのか?

神事舞として舞われる勇壮な舞

猿田彦大神の舞は、中国山地における荒神神楽や備中神楽で神事舞として舞われます。

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二人か四人、まれに五人で舞われることもあります。

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写真:備中神楽北山神能社 2015年3月8日 鳥取県西伯郡南部町神話と食のまつりにて

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写真:2016年米子駅前イオン下蚊屋荒神神楽保存会明神社(鳥取県日野郡江府町・鳥取県指定重要無形民俗文化財)

日野郡や岡山県新見市、広島県庄原市などでは、猿田彦大神が白い衣裳で、一人で舞うところもあります。

猿田彦大神は、中国山地では、とくに重要とされる神であり、この舞に先行して、猿田彦大神の由来を説明する「導きの舞」が舞われます。

導きの舞歌ぐら(日南神楽より)

 猿田彦 諸神達の 先払い
嬉しく召され 天地(あめつち)の神

さて猿田彦大神の由来、根元あらあら尋ね奉れば、この神はいとも御大徳の神にして、世の人々崇敬し奉る。地人(神)三代天津日高彦ににぎ尊は、これ天照大神の御孫なり。

この神、うづめ、手力雄、こやね、総て供奉(ぐぶ)三十二神を相従え天の相中に天下られて候。

このとき、霧と霞の相混りて道すじ相判らず、よってい庭(斎庭)の稲穂を扱ぎ取りて口にくわえ、八方に撒き給えば稲穂の威徳によって、霧と霞は五豆のちわきにちわき給うこと、ただいま神前に散米を撒くのいわれなり。

さてこの時、天の八千又(やちまた)に一つのすさまじき神あり、この神の様子見てあれば、頭には白髪を戴き、眼は月日のごとく照り輝き、鼻の長さ七尺(ななはた)、背の長さ七尋(ななひろ)余り、顔面、明り照れること八咫(やた)の鏡のごとくにして、照り輝くこと赤酸醤(あかがち)にも似たり。

この神あまりすさまじき神にてましませば、供奉三十二神のうち誰問う神もなし。

天宇受売命は女神にてましませば、神気はなはだ、裳緒を陰(ほと)に押垂れて、天胸乳(むなち)かきわけて、真先に進み出て、問い給うに。

「そのところにおわす神はいずこいかなる神にてましますや」と問い給うに、翁答えて曰く「我は太田猿田彦大神なり。天孫降臨ましますによって、我が国に道引き申さん。常盤片葉(ときわかたは)に栄まさん。しかるところ瓊瓊杵命は妻なくして、この国は治め難し、よって伊予の国越智郡(おちごおり)大山祗命(おおやまずみ)の御娘妹、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)を天孫の峰に仲介申さん」

これ夫婦婚姻のはじめなり。縁結び幸の神(さいのかみ)と斉き治むるも本体は猿田彦の神を祀るなり。

また百姓にとりては庚申(かのえさる)は至って悪日なれば、これを善日に直さんがための庚申(こうしん)の神と祝い治むるも本体は猿田の神を祀るなり。

また不具者にとりては智恵導きの神、商売人にとりては利得の神、また山幸彦命、天の釣り針を失い給いし時、葭(あし)をもって荒芽のかぶたのごとく束ねて船を造り南海に舟出し給うたる故に、船玉明神といつき祀る。

また蹴菊の庭において千月の毬(まり)を蹴り給うたにより摩利支天、毬(まり・摩利)の明玉と祝い治むる太田猿田彦の神を祀るなり。

この神ただいま、悪魔退散、氏子繁栄、家内安全のため神殿に出現申すによって、大胴小胴(だいどうこどう)羯鼓(かっこ)、笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、岩戸がしら切拍子太鼓の一曲も願うにて候。

※歌ぐら 日南神楽より

このように太田猿田彦大神は、天孫降臨で葦原中津国にあり光り輝く太陽神(天照大神)であり、ニニギノミコトに后としてコノハナサクヤヒメを紹介した縁結びの幸の神(さいのかみ)であり、導きの賽の神(さいのかみ)であり、八つの御名(みな)、八つの勲(いさお)しあればこそ罪咎(つみとが)払う白ひげの神とされる大威徳の神なのです。

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