事代主命(恵比寿様)が釣りをしていた島が島根県美保関町に実在した!沖の御前

国譲り神話で事代主命が釣りをしていた島は実在した!

古事記の国譲り神話で、天津神から国譲りを迫られた大国主命は、御子神である事代主命に意見を求めることにした。

その時、事代主命は美保の岬で釣りをしていたということだが、その釣りをしていた島が島根県美保関町に実在しているのだ!

事代主命は、七福神では恵比寿様とされ、釣りの神様としても有名である。

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嶋根郡

出雲国風土記が書かれた、奈良時代(西暦8世紀ころ)には、島根半島の東部は「嶋根郡」と呼ばれていました。これは、現在の八束郡美保関町、同郡島根町、同郡鹿島町の東部、松江市東部に当たります。

風土記の国引き神話では、ここ地蔵埼は「三保の埼」と呼ばれ、出雲国の創始者八束水臣津野命(やつかみずおみつのみこと・大国主命)が「高志の都都の三崎」から切り取って引いてきた、とされています。「高志の都都の三崎」は能登半島の石川県珠洲市と考えられています。実際に北陸地方との交流は盛んだったようで、出雲からは北陸地方から持ち込まれた土器などが出土しています。

嶋根郡は隠岐国へわたるルートとして重要な地でした。美保関町千酌には「千酌駅」が置かれ、船や馬が配備されていました。

島根県教育委員会

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地図の右側の岬が「美保埼」で、ここにこれらの看板が設置されている。

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美保之埼の由来

島根半島の最東端に位置するこの岬は、古くから「美保之埼」と呼ばれています。

出雲国風土記の国引きの伝説では、この「美保之埼」は北陸地方から、日御碕は朝鮮半島から引いてきたものと伝えられています。

この鳥居の中央約四キロ先の海上に浮ぶ島を「沖之御前(おきのごぜん)」、眼下に横たわる島を「地之御前(ぢのごぜん)」といい、共に事代主神(美保神社の御祭神、俗にえびす様)の魚釣りの島として伝えられているところから、現在も美保神社の境内となっており、毎年五月五日には美保神社で事代主神とその御后の御神霊をこの島から迎える神迎神事が続けられています。

夏季には、沖之御前の海上に雄大な日の出を拝むことができます。

沖之御前は日によってその島影が様々に変化し、漁師はその島影により海上の天候を知って出漁を決したといわれます。又、この島の海底には常に神楽の音の様な響があり神異奇端の島として今に伝えられています。

この遥拝所は、美保神社の古文書に記載のあった古事に基づき、昭和四十八年十二月設置したものです。

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遥拝所の鳥居の向こうに見えるのが沖之御前。

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この日は2015年5月5日の神迎神事の朝であり、日の出がとてもまぶしかった。

映像でご覧下さい!

神迎神事の朝の沖之御前を徳林亜美がレポートしています。