4/15(水)長田神社春季大祭で浦安の舞を奉納します

2015年4月15日(水)12時より鳥取県西伯郡南部町馬場1番の長田神社で行われる春季大祭において、浦安の舞を奉納させていただきます。

昭和天皇御製の歌に宮内省楽部楽長が作曲作舞

浦安の舞は巫女神楽のひとつで、1940年11月10日の皇紀二千六百年奉祝会のために作られた。

1933年の昭和天皇御製の歌に、当時の宮内省楽部楽長である多忠朝が全国の神社に伝わる神楽舞を下地に作曲作舞した神楽舞である。

天地(あめつち)の
神にぞ祈る朝凪の
海のごとくに
波立たぬ世を

皇紀二千六百年奉祝会では、全国の神社だけでなく台湾や朝鮮の神社で午前10時に一斉に奉奏された。

以降、全国の神社で舞われるようになり現在に至る。

心安けき浦安の国

「浦」は心を指す古語であり、「浦安」は心の平穏を表す語であるとされる。日本書紀には「昔伊弉諾尊目此国曰。日本者浦安国。」とあり、他の文献等でも日本国の別称とされている。

貴重な照葉樹林を残す鎮守の森

長田神社は南部町法勝寺にある郷社で、鎮守の森は鳥取県指定天然記念物となっています。

2万m2近い境内一帯は、長期にわたって神域として保護されてきたことにより、自然景観を残し、イタジイ、ウラジロ、ガシ、タブノキ、ヤブツバキ、アオハダ、コシアブラ、サカキ、クロキ、モチノキ、ヤダケ、アオキ、ムラサキシキブ、クロガネモチなどの樹木があり、自然の照葉樹林として貴重な社叢となっています。

みなさん、ぜひともお越し下さい!

郷社 長田神社

鳥取県西伯郡南部町馬場1番

<祭神>
多古理比売命、田岐津比売命、市杵島比売命、誉田別命、気長足姫命、素盞鳴男命、足仲彦命、句々廼智神、稚日女命、保倉神、大日孁貴尊、倉稲魂尊、五十猛命、伊弉諾命、伊弉冉命、大山祇命、月読尊、武内宿禰、大鷦鷯命、菅原道真、事代主命、瀬織津比売命、岩猛命

歴史:鳥取県神社誌より

当神社は往古より八幡宮と称し奉り。
其創立年月不詳かならざるも、所蔵の棟札に徴するに康永二年卯月日造立記文のもの最も古く、天正13年(1585)雲三沢城主佐々木三澤少輔八郎為虎御隠居為清公社殿造営あり。

万治2年及延宝9年(1681)、因伯太守源朝臣光仲公再建せられ、当時社領七石九斗其他麻地幕提灯(御紋附)を寄進せらる。領主及武門の帰依又厚かりしを見るべし。

当社氏子の範囲は延長三里に亘り大小部落34、現今四ヶ村に跨り此一帯の地方を古来長田庄と称せり。

明治維新の際、八幡宮の称を廃し庄名に因りて今の社号に改めらる。
明治40年12月19日神饌幣帛料供進神社に指定せらる。

大正15年12月
法勝寺村大字馬場字ヨメコロシ鎮座無格社大﨏神社(祭神 素盞鳴命)
同村大字同字家ノ上鎮座無格社稲荷神社(祭神 倉稲魂尊 )
大国村大字與一谷字大林鎮座無格社大林神社(祭神 須佐之男命)
同村大字鍋倉字荒神谷鎮座無格社前田神社(祭神 誉田別命、気長足姫命、素盞鳴男命、足仲彦命、稚日女命、保倉神)
同村大字絹屋字宮ノ前鎮座無格社森脇神社(祭神 句々廼智神)を合併す。

同6年4月8日
法勝寺村大字法勝寺字五反田鎮座無格社机田神社(祭神 句々廼智神)
同村大字同字杉﨏山鎮座無格社杉﨏神社(祭神大日孁貴尊、岩猛命)
同村大字武信字ナシノ木下鎮座無格社武信神社(祭神 伊弉諾命)
同村大字徳長字権現谷鎮座無格社熊野神社(祭神 伊弉諾命、伊弉冉命) を合併。

同年5月6日
法勝寺村大字道河内字西側鎮座無格社岩崎神社(祭神 須佐之男命)
同村大字伐株字宮ノ下鎮座無格社山口神社(祭神 大山祇命 )
同村大字福頼字宮ノソネ鎮座無格社月村神社(祭神 月読尊)を合併す。

補足:鳥取県神社誌より
建造物 本殿、幣殿、拝殿、神楽殿、隋神門、神輿庫

神楽で榊を使うのはなぜか?神が降りてささやく榊の舞

すべてを祓い清める巫舞(かんなぎまい)

神楽のはじめのほうに舞われる「榊の舞」は、神殿や太夫、氏子、その他いっさいの参集する人々を祓い清めるための舞いで「たぐさの舞」とも云う。

日南神楽では、千早か狩衣をまとい素面に烏帽子で、二人から四人で舞い、音楽は「さがりは」を打つ。
これは奥出雲大原神主神楽から伝承した巫舞である。

「立ち舞えば霞の千早重ね着て
花の下紐 今や解くらむ」

「たぐさ葉を折り手に持ちて名を知らめ
行く先ごとに たぐさ葉を知る」

二首の歌と舞の前半は右手に鈴、左手に榊を持ち、後半では鈴は神前に供え、右手に扇子、左手に榊を持つ。

榊(笹葉)は神が憑り来る神聖植物

神話で天照大神が天の岩戸に篭ったとき、天宇受売女命(あめのうずめのみこと)は、天の香具山の笹葉(榊)を手草(たぐさ)に結い、桶を伏せて踏み鳴らし神懸かりしたが、これが神楽の発祥とされる。

笹葉は神聖な植物とされ、神が憑り来ると信じられていた。
笹葉のすれ合う音に、神のささやきを感じたことも、神楽で笹葉を重要なものとしている。

万葉集では神楽と書いて「ささ」と読ませる例がいくつもあり、「神楽声浪」と書いて「ささなみ」と読ませたりしている。

このように榊の舞は、神楽の中でも重要な舞となっている。

神楽のはじまり天の岩戸の前から現代の神楽へ

岩戸を開く天宇受売命の神楽

斎部広成(いんべのひろなり)が807年に記した古語拾遺によると、神武天皇が天神地祇を祀った条に「是を以て、中臣(なかとみ)、斎部(いんべ)二氏、ともに祠(いわ)い祀る職(つかさ)を掌(つかさ)どる。猿女君氏(さるめのきみ)氏、神楽のことに供(つか)えまつる」とある。

大和朝廷の祭祀において、中臣氏、斎部氏、猿女君氏は重責を担っていたのである。

神楽のことに供えまつるとされる猿女君は天岩戸の前で榊を手に神懸かりした天宇受売女(あめのうずめのみこと)と猿田彦大神の子孫である。

uzume

猿女君は神祇官の職における女官であり、大嘗祭や鎮魂祭で神楽の舞いなどに奉仕していた。

八百万のかみあそび

現代では神楽を「かぐら」と読むが、平安時代頃にそう呼ばれていたかは明らかではない。

「かぐら」と呼ばれるようになる前は「かみあそび」と称され、神事における鎮魂呪法としての歌舞音楽を意味していて、これに新来の宗教芸能が加わって神楽として成立したようだ。

神能「岩戸開き」の神代神楽の場では、岩戸の前にひれ伏す諸神達の前で、手力男命(たぢからおのみこと)が神楽のはじまりについてこう詠う。

「天の岩戸を開かんと
八百万の神遊び
これぞ神楽の
はじめなりけり」

諸神たちの返歌はこうだ。

「あっぱれ、あなおもしろし、あなたのし、あなさやけ、おけ、おけ、一二三四五六七八九十百千万、とおかみえみため、はらいたまえ、きよめたまい」

こうして天の岩戸は開き、天照大神が現れ、天宇受売女命は御鏡をはずして幕内へと去って舞い納めとなる。

神話の時代から現代へ

神話の出来事と神が、猿女君という職へとつながり、そして神楽として現代につながっているのだ。

神能「岩戸開き」もこうしたつながりも考えてみると、また違って見えるものもあるのだと思う。