尚徳地区敬老会で縁結び神楽をしました!

2015年4月29日(水)尚徳地区敬老会で縁結び神楽をさせていただきました。

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会場は皆生温泉天水のグランドパレスです。

神楽は12時40分からですが、打ち合わせのため10時に会場入りしました。

天水では何度も神楽をさせていただいているのですが、従業員のみなさんがとてもあたたかく親切に接してくださります。

おもてなしの心が行き届いていて、学ぶところが多いです。

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控え室にはお弁当が用意されていました。

すごい!おいしそう!

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にっこりいただきます!

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最初のアトラクションである江美寿会のお二人と記念撮影。

尺八が大きいのでびっくりしました。

そして出番です!

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尚徳地区は、徳林会長の生まれたところでもあります。

すばらしいご縁に感謝です。

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大国主命が打ちでのこづちを振って、その福の種を役員のみなさんが配ります。

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神楽が終わった後は、テーブルをひとつずつ回って、打ちでのこづちを振ります。

福を打ち出すこづち、ありがたい大国主命の姿にみなさん大喜びです。

手を合わせて拝む方、記念撮影をされる方、とても喜んでおられました。

みなさん、ありがとうございました。

【秘境探検】鳥居龍蔵博士が驚愕した縄文原始のメンヒルストーン天宮さんに行きました!

2015年4月29日(日)鳥取荒神神楽研究会徳林亜美会長を隊長として、ネットで呼びかけて編成された調査隊は、なかなか辿りつけない秘境として話題になる「天宮(てんぐう)さん」に突撃しました。

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お気に入りのヤッケと母里氏子青年会の敬神崇祖Tシャツを着込み、ラッコと呼ばれる徳林亜美会長。

本格的な調査が待たれる縄文原始の巨石遺構

天宮さんは、鳥取県西伯郡南部町御内谷にある日本屈指とも言われる巨石遺構群です。

大正15年頃、日本人のルーツを研究テーマとし総合人類学者と呼ばれた鳥居龍蔵博士が視察に訪れてメンヒルストーンだと発表、それが新聞報道されたことで、昭和のはじめ頃まで多くの人で賑わいました。

しかし、戦後に訪れる人は少なくなり、案内看板なども無く場所がわかりにくいこともあって、今では訪れる人はほとんどいません。

天宮遺跡 会見町誌 第十一章 名勝、史蹟、文化財 より

御内谷大蔵山中腹に「天宮さん」といわれ、古くよりあがめられてきた巨石崇拝の遺跡がある。

古事記によれば、伊邪那美命(いざなみのみこと)は最後に火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を生みて、ついに神避(かみさ)りましたが、そのご遺骸は、出雲の国と伯伎(ははぎ)の国の境比婆山に葬(かく)し奉ったと伝えられている。

伯耆、出雲、備後等に命の墳墓の地と里人により伝え祀られる聖域が存在している。地元でもイザナミノミコトの墳墓としてお祀りしている。

御内谷という部落名もこの聖域とのかかわりがあると思われる。

大正十五年鳥居龍蔵博士の調査結果により墳墓の地が一変し日本でも稀な、巨石崇拝遺跡であるといわれ、メンヒルとかストーンサークル等の専門語が山奥の人々の日常会話の中で語られたのは記憶に新しいところである。

調査の過程で人工による祭祀遺跡とか、人工による住居跡とか報ぜられているが、全山に散在する岩石の積み重なった状態は必ずしも人工であるとは断定しがたい。何れにしても、早期に学問的な解明が望まれる。

当時賀野村史蹟調査保存会が設けられ、調査、保護、紹介等に努力され、地域の関心を呼び参拝者が伯陽電鉄(電車)手間駅より御内谷の間アリの列のように絶えまなく続いたといわれる。

また、現地には開願の赤白のノボリが立ち並び、山麓には茶菓子、酒などの露店が出てにぎわった。

大正十五年を最盛期に昭和初期までの短い夢のような期間であった。

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イザナミの伝説が残る御内谷の古地図には、神話にちなんだ地名が多く見受けられる。

30箇所以上もの巨石遺構ストーンサークル

 

鳥居博士が視察時に記した地図には、30箇所以上もの巨石遺構やストーンサークルが山全体に散らばっている。

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真ん中左にある天宮神が今回目指す天宮さん、そしてその右にある大岩の二箇所を目指します。

縄文原始の森に向けて出発

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古来より信仰の対象として聖域とされた森は、人の手が入らない縄文原始の姿を残しています。

そのため珍しい動植物が見られます。

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かのこ(鹿の子)の木は、樹皮が自然にはがれて鹿の子供の模様に見えるためそう呼ばれているのだそうで、天宮さんのあたりにだけ生えているとのこと。

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太古の森に巨石がそこら中に見られる。

鳥がさえずり木々の緑が輝いて神気が溢れている。

霊峰伯耆大山に面している

天宮さんは大蔵山の東側の斜面にあるのだが、そこからは中国地方最高峰である霊峰伯耆大山(ほうきだいせん)を拝むことができる。

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ここからは人工物がまったくない太古の風景を見ることができる。

古代人たちもこの風景を眺めたのだろうか?

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そして、ついに天宮さんが見えてきました。

この迫力は写真では伝えきれません。

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続きは動画で確認してください!

この日は、金田熊野神社と宮前賀茂神社も参拝しました。

御内谷のある、あいみ富有(ふゆう)の里地域振興協議会エリアは、昔は賀野村(がのそん)と言ったのですが、これは賀茂神社の「賀」と熊野神社の「野」を足して「賀野」なのです。

昔は神社と地域が今よりもっと密接に関係していたのですね。

問い合わせはあいみ富有の里地域振興協議会の中井さんへ

さて、この天宮さんですが、場所がとてもわかりにくいのです。

興味を持ち行ってみようと思われた方は、まずはあいみ富有の里地域振興協議会の中井さんに電話をしてみてください。

中井さんは御内谷地区に住んでいて、鳥居龍蔵博士の調査資料や地図、資料などをいただけるかもしれません。

また、入り口まで案内してくれるかもしれません。

あいみ富有の里地域振興協議会

(総合福祉センター いこい荘内)

〒683-0227 鳥取県西伯郡南部町浅井983

TEL・FAX/0859-64-3504 中井

みなさん、天宮さんに是非ともお越しくださいね!

4/29(水)大神山神社本社(米子市尾高)春季大祭で神楽奉納のお知らせ

鳥取県西部最大級の神輿が繰り出す祭

2015年4月29日(水・祝日)の大神山神社本社(米子市尾高)の春季大祭にて神楽を行います。

動画:かぐけんメンバーが大神山神社をレポート

当日は朝10時から神事が行われ、13時半頃より大神山神社本社の神輿庫から鳥取県西部最大級の神輿が出され、尾高の町を巡行します。

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写真:神輿巡行の様子

御崎神社にて14時頃より神楽

鳥取荒神神楽神楽研究会の神楽ですが、14時頃より御崎神社にて行います。

13時半頃に大神山神社を出た神輿巡行は尾高町内を練り歩き、御崎神社に着きます。

そこで小学生による巫女舞が奉納され、その後に大国主命の神楽を舞わせていただきます。

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大神山神社本社の祭神は大穴牟遅神(おおあなむぢのかみ)であり、これは大国主命の若い頃のお名前です。

神楽をご覧になりたい方は、13:30の神輿巡行に参加されるか、14時頃に御崎神社にお越しください。

大神山神社本社には大型バスも停められる駐車場があります。

大神山神社本社
鳥取県米子市尾高1025番地
電話 0859(27)2345
FAX 0859(37)1331

米子道、米子I.Cより車で約4分
バス 観光道路経由大山寺行き、「尾高バス停」下車徒歩5分
みなさん、よろしければお越しください!

大神山神社奥宮の清掃作業をしました

2015年4月22日(水)鳥取荒神神楽研究会の景山ムルと直也メンバーが、大神山神社奥宮の清掃作業に参加しました。

国造り大国主命が若き日の名で鎮座する古社

偉大な神のおわす山、大神岳(おおかみのたけ)、古代の人々は大山のことをそう呼んで敬いました。
その大山信仰の中心が古代より連綿と続く大神山神社です。

大神山神社奥宮の御祭神は大己貴神(おおなむちのかみ)で、大国主神のお若いときの御名前です。

古事記、日本書紀、出雲国風土記等に多くの神話・伝説を示す御神徳を持ち、とくに国造りをされたことから、産業発展、五穀豊穣、牛馬畜産、医薬療法、邪気退散の神として有名です。

神職さんと崇敬者でなごやかに清掃

朝9時に集合し打ち合わせをして、参道や境内などの清掃を行いました。

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なぜか外側からかんぬきをかける造りになっている巨大な門。

この手前に続く自然石の参道は日本一の長さがある。

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お昼は大神山神社の幣殿で神職さんたちと交流を深めた。

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まだ肌寒いのでストーブが焚かれている。

03本殿前、ひさしぶりに拘束を解かれた景山ムル(クーデター事件参照)が生き生きとしている。

背後に見える山は霊峰伯耆大山です。

まだ積雪がありますね。

神職と崇敬者による清掃作業は今日を含めて週明けまで続きます。

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5月24日(日)は春季例大祭

もうすぐ大神山神社奥宮では春季例大祭です。

昨年は神楽を奉納させていただきました。

→昨年の様子
http://kagura.kaiz.asia/2014/05/27/oogami0524/

みなさん、大神山神社奥宮にご参拝ください。

5/10(日)第4回 比婆山神話フェスタ「イザナミ祭」のお知らせ

鳥取荒神神楽研究会が島根県に!?

2015年5月10日(日)ついに鳥取荒神神楽研究会が出雲神話の地である島根県に突撃です!(汗

3月には鳥取県南部町の母塚山でイザナミ御陵伝説をぶち上げて神話と食のまつりに出演、その舌の根も乾かぬうちに島根県安来市の比婆山でイザナミ御陵伝説「イザナミ祭」です!

こんなことでいいのか!?
神話はすべて正解だからいいんです!

敗北したら島根荒神神楽研究会にされてしまうという目の離せない展開(何に?
まあ、鳥取県も島根県も素人には見分けがつかないので、とくに問題はありませんが、みなさん是非お越しください(問題発言)

イザナミが葬られたと記される神陵

比婆山(ひばやま)は、日本神話においてイザナミが葬られたと記される地である。

古事記において「かれその神避りし伊邪那美の神は、出雲の国と伯伎の国(伯耆の国)の堺、比婆の山に葬りき」と記される。広島県庄原市から島根県仁多郡奥出雲町境にある比婆山は国定公園として有名で、現在、イザナミの神陵地は本居宣長の『古事記伝』の記述からは出雲と伯耆の境に近い島根県安来市の比婆山のほうが妥当性が高いと考えられている。

比婆山(ひばやま)は、島根県安来市にある標高331mの山。標高約280mの山上の熊野神社(比婆山久米神社)にはイザナミの神陵古墳と伝えられるものが存在する。古くより東方の「上の台」と対峙して鶴山亀山としての山容も伝える。

また山頂付近には県の天然記念物に指定された「陰陽竹」が自生している。他にも「玉抱石」と呼ばれる穴の空いた不思議な霊石や「柱状節理」などが見られる。

比婆は火場?たたら古代製鉄との関連性

比婆とは「火場」というたたら吹きを指す言葉から名づけられたという説がある。戦国時代には尼子氏のあつい崇敬の記録もあり、江戸期には峯山大権現と呼ばれ信仰を集めた。

また古代製鉄はこの一帯が盛んで、隣接する島根県奥出雲町では現在でも刀剣原料確保としてたたら製鉄が行われていることから、イザナミの子供である金山彦との関連をうかがわせる金屋子神社という鉄の女神、金屋子神が祀られている地でもあり、比婆ももともとはたたら吹きを指す火場から来たという説がある。

「安来」という名前は風土記においてはイザナミの子、スサノオが命名した地名であり、極めてイザナミと関連する伝説が多い。

この比婆山久米神社西側の山頂に三等三角点「高盛山」が設けられ、330.81mとなっている。
・・・ウィキペディアより

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日程:平成27年5月10日(日)
開催場所:島根県安来市比婆山周辺
※広島県の比婆山ではありません

☆駐車場
会場周辺には駐車場がありませんので、井尻小学校、井尻分団格納庫(駐車場)からシャトルバスをご利用ください。

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主催:比婆山神話フェスタ実行委員会
共催:安来市

9:30~15:00 グルメ屋台村
10:00 オープニング・記念植樹

☆アトラクション
伯太太鼓、伯太音頭、南中ソーラン、イザナミ伝説のお話し、縁結び神楽(鳥取荒神神楽研究会神楽団)

13:00 比婆山神話登山ウォーク
※受付10:30~12:00

当日は豚汁のふるまい(限定300食)やオープンカフェなどおたのしみ満載です!

■問い合わせ先
井尻交流センター
0854-37-0836
090-9509-9350 山本

4/18(土)ラドンな一日 三朝温泉で無声映画のエキストラをしました

無声映画のエキストラに挑戦

2015年4月18日(土)鳥取県倉吉市三朝の三朝温泉で無声映画「ラドンな一日」のエキストラのボランティアに参加しました。

これは三朝温泉のゆるキャラである「ミササラドン」が主人公のコメディータッチのラブストーリー?だそうで、夏ごろに完成予定だそうです。

かぐけんからは徳林会長と直也メンバーが参加ということで、朝7時半に集合し、一時間ほどで三朝温泉に到着しました。

こいたに橋のたもとの土産物屋さんで道を聞き、最初のロケ地であるたまわりの湯に移動しました。

のどかな山間の湯治場はとても情緒がありますね。

三徳川の流れもとても清らかです。

たまわりの湯では、温泉に殺到するシーンと、会議室のシーンの撮影が行われました。

次に徒歩で五分ほどの、いわゆ旅館に移動しました。

ここでも旅館に殺到するシーンを撮りました。

かぐけん徳林と直也メンバーは、旅館の下駄で一発芸のムービーを撮りました。

そして、昼食です。

支給された弁当を、橋の下にある河原湯という露天風呂の近くで座って食べました。

午後からは、こいたに橋で歩くシーンの撮影があり、その後にキュリー広場でライブシーンの撮影がありました。

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最後に温泉が湧き出した地とされる株の湯に移動して、温泉に駆け込むシーンなどを撮り、予定どおり16時に撮影を終了しまし

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それでは、まとめ動画をご覧下さい!

三朝温泉のみなさん、ありがとうございました!

写真提供:KSP.f64 さかいきよし氏

長田神社春季大祭にて浦安の舞を奉納しました

2015年4月15日(水)鳥取県西伯郡南部町馬場1番の長田神社で行われる春季大祭において、浦安の舞を奉納させていただきました。

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176段の階段を上がると長田神社があります。

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各地の神社の神職さんが集まり、装束も華やかです。

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徳林会長も神妙な表情です。

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太鼓と龍笛で祭が始まります。

神が降ろしの神職の低い声が響きます。

是非、動画をご覧下さい。

神聖な雰囲気の中、祭りは滞りなく行われました。

昭和天皇御製の歌に宮内省楽部楽長が作曲作舞

浦安の舞は巫女神楽のひとつで、1940年11月10日の皇紀二千六百年奉祝会のために作られた。

1933年の昭和天皇御製の歌に、当時の宮内省楽部楽長である多忠朝が全国の神社に伝わる神楽舞を下地に作曲作舞した神楽舞である。

天地(あめつち)の
神にぞ祈る朝凪の
海のごとくに
波立たぬ世を

皇紀二千六百年奉祝会では、全国の神社だけでなく台湾や朝鮮の神社で午前10時に一斉に奉奏された。

以降、全国の神社で舞われるようになり現在に至る。

心安けき浦安の国

「浦」は心を指す古語であり、「浦安」は心の平穏を表す語であるとされる。日本書紀には「昔伊弉諾尊目此国曰。日本者浦安国。」とあり、他の文献等でも日本国の別称とされている。

貴重な照葉樹林を残す鎮守の森

長田神社は南部町法勝寺にある郷社で、鎮守の森は鳥取県指定天然記念物となっています。

2万m2近い境内一帯は、長期にわたって神域として保護されてきたことにより、自然景観を残し、イタジイ、ウラジロ、ガシ、タブノキ、ヤブツバキ、アオハダ、コシアブラ、サカキ、クロキ、モチノキ、ヤダケ、アオキ、ムラサキシキブ、クロガネモチなどの樹木があり、自然の照葉樹林として貴重な社叢となっています。

みなさん、ぜひともお越し下さい!

郷社 長田神社

鳥取県西伯郡南部町馬場1番

<祭神>
多古理比売命、田岐津比売命、市杵島比売命、誉田別命、気長足姫命、素盞鳴男命、足仲彦命、句々廼智神、稚日女命、保倉神、大日孁貴尊、倉稲魂尊、五十猛命、伊弉諾命、伊弉冉命、大山祇命、月読尊、武内宿禰、大鷦鷯命、菅原道真、事代主命、瀬織津比売命、岩猛命

歴史:鳥取県神社誌より

当神社は往古より八幡宮と称し奉り。
其創立年月不詳かならざるも、所蔵の棟札に徴するに康永二年卯月日造立記文のもの最も古く、天正13年(1585)雲三沢城主佐々木三澤少輔八郎為虎御隠居為清公社殿造営あり。

万治2年及延宝9年(1681)、因伯太守源朝臣光仲公再建せられ、当時社領七石九斗其他麻地幕提灯(御紋附)を寄進せらる。領主及武門の帰依又厚かりしを見るべし。

当社氏子の範囲は延長三里に亘り大小部落34、現今四ヶ村に跨り此一帯の地方を古来長田庄と称せり。

明治維新の際、八幡宮の称を廃し庄名に因りて今の社号に改めらる。
明治40年12月19日神饌幣帛料供進神社に指定せらる。

大正15年12月
法勝寺村大字馬場字ヨメコロシ鎮座無格社大﨏神社(祭神 素盞鳴命)
同村大字同字家ノ上鎮座無格社稲荷神社(祭神 倉稲魂尊 )
大国村大字與一谷字大林鎮座無格社大林神社(祭神 須佐之男命)
同村大字鍋倉字荒神谷鎮座無格社前田神社(祭神 誉田別命、気長足姫命、素盞鳴男命、足仲彦命、稚日女命、保倉神)
同村大字絹屋字宮ノ前鎮座無格社森脇神社(祭神 句々廼智神)を合併す。

同6年4月8日
法勝寺村大字法勝寺字五反田鎮座無格社机田神社(祭神 句々廼智神)
同村大字同字杉﨏山鎮座無格社杉﨏神社(祭神大日孁貴尊、岩猛命)
同村大字武信字ナシノ木下鎮座無格社武信神社(祭神 伊弉諾命)
同村大字徳長字権現谷鎮座無格社熊野神社(祭神 伊弉諾命、伊弉冉命) を合併。

同年5月6日
法勝寺村大字道河内字西側鎮座無格社岩崎神社(祭神 須佐之男命)
同村大字伐株字宮ノ下鎮座無格社山口神社(祭神 大山祇命 )
同村大字福頼字宮ノソネ鎮座無格社月村神社(祭神 月読尊)を合併す。

補足:鳥取県神社誌より
建造物 本殿、幣殿、拝殿、神楽殿、隋神門、神輿庫

法勝寺さくらまつり一式飾りと森の学校交流BBQレポート

 

2015年4月12日(日)鳥取県西伯郡南部町にて、山陰ゆるい写真部と南さいはく地域振興協議会の共催で、まちあるきと交流BBQのイベントが行われました。

鳥取荒神神楽研究会も企画段階から関わり、準備や広報、当日スタッフ、そして神楽公演などで協力しました。

二週間前に炭を焼くところからはじまるBBQって本格的すぎるんじゃないですかしかし!

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今回のBBQでは南さいはく地域振興協議会が炭焼き小屋で焼いている高品質の炭を使ったのですが、なんと炭焼きをしました。

米子駅からわずか30分のところで、昔ながらの炭焼きが今も行われているのです。みなさん、知っていましたか?

そんなこんなで当日はよい天気でした。

ゆるくまちあるきをしよう!

朝9時頃から集合場所である南部町役場法勝寺庁舎前に参加者が集まり始めました。

50人超が集まり、5つの班に別れて、さくらまつりと一式飾りのまちあるきをしました。

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着物美人(柏平副会長)撮影会も行われました。

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その時、我々、鳥取荒神神楽研究会は、南さいはく地域振興協議会の遠藤会長、山田副会長、森の学校当番の板さんと、BBQの準備をしていました。

食材の準備は一年前からはじまっていた

今回のBBQでは、南部町産の食材を多く使いました。

清水川農事生産組合に提供していただいた五穀米は、一年前に神楽田植えで植えた古代米を使ったものです。

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(写真:第一回大国神楽田植えの様子)

また、地域の農家の方から提供していただいた、たけのこ、チンゲン菜、キャベツなど新鮮な野菜。

そして、前日の土曜日には南さいはく金山の奥山さんのところで、山菜を採らせていただきました。

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こごみとたらのめです。

季節の山の恵みはとてもいいですね。

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巨大なカマを手に黒毛和牛と戦う徳林会長。

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野菜を切るハッチメンバーの笑顔。

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(写真:左からハッチ、真也くん、クーデター首謀者のため後ろでに手錠をかけられて拘束されている景山ムル)

肉も野菜もたっぷりです。

たれも南部町あいみ富有の里の生産者グループ虹の会が作っている梨焼肉のたれを4リットル用意しました。

森の学校での交流BBQはおいしすぎる!

12時半頃に、参加者が森の学校へと移動してきました。

また、南さいはくの地域の方も参加され、とてもにぎやかでした。

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清水川農事生産組合から五穀米3升を提供していただいたのですが、ものすごくおいしいと参加者のみなさんが殺到し、あっという間になくなりました。

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鎌倉山をはじめとした山々の中で、緑水湖の湖畔の丘の上にある森の学校は、大自然の中でとっても空気がよく清々しいです。

炊事棟や竈、キャンプファイヤーのできるファイヤーサイト、キャンプ場、とてもいい場所です。

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吉本の住みます芸人ほのまるさんも来ていました。

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途中で参加者から希望者を募り、すぐ近くで栽培している原木しいたけのもぎ取り体験をしました。

指導者は奥山さんです。

みなさんとても感心していました。

このしいたけはすぐにBBQで食べましたが、みなさんおいしいと大喜びでした。

肉は肉屋さんに「絶対にそんなに食べないからやめなさい」と言われてからさらに追加して16キロもあったのですが、みなさん環境がよかったのか、あっという間に食べつくしていました。

正直、驚きました。

デザートはほろ苦くて爽やかうどようかん

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南さいはく地域振興協議会の特産品開発部が昨年発売したうどようかん!

甘いようかんと、ちょっぴり苦いうどのマッチングが絶妙でおいしいです。

さくらまつりで販売していた南さいはく地域振興協議会の女子がお土産用に持ってきてくれましたが、これも完売しました!

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そして14時から施設見学があり、14時半からはいよいよミニ芸能大会です。

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肉がおいしかったからがんばった謎の太鼓集団

この日のオープニングは、伯耆町溝口を拠点とする溝口鬼面太鼓振興会さんの予定だったのですが、急遽、メンバーを増員し、謎の太鼓集団わっはっはというユニットが公演しました。

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右の巨漢が中島代表なのですが、ビールを晩酌に3リットル飲むのにジャンプ力があります。

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熱心に撮影するゆるい写真部の河合部長と泉さん。

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南京玉簾はとても洗練された芸でした。

軽く叩いてもらうという話だったのですが、肉がおいしかったからということで、ねじり太鼓、篠笛、太鼓とものすごく濃い演奏をしていただきました。

参加者もその迫力と、すばらしい芸に拍手喝采でした。

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韓国の民俗芸能サムルノリが南部町初公演

4つの楽器を使う韓国の民俗芸能サムルノリを、松江市を拠点に活動する山陰サムルノリさんに披露していただきました。

今回は農楽の練り歩きということで、歩きながら演奏していただきました。

なんと、旗持ちとして清水川農事生産組合の庄倉代表が参加しました。

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独特のリズムに、みなさん大喜びでした。

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そして茣蓙を敷き、まずは場を清める巫女舞がはじまりました。

祓い清める巫舞(かんなぎまい)

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舞いは柏平副会長、太鼓が徳林会長、鉦が真也メンバーとハッチメンバーです。

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榊葉は南さいはくの大河内集落から朝採ってきたものです。

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会場に鈴の音が響きます。

事代主命が鯛を釣る

次に、美保神社の祭神であり、大国主命の御子神である事代主命が鯛釣りをする神楽です。

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七福神では恵比寿様とされるのが事代主命です。

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商売繁盛、海運、漁業の守り神として厚く崇敬されています。

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ゆったりとはじまり、釣りの場面では片足で軽快に跳びはねます。

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大国主命が福の種を授ける

そして、出雲大社の祭神であり国造り大国主命が舞い出します。

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五穀豊穣と幸福を祈って舞い、昨年、鎌倉山のふもとの奥山さんの圃場で育てたヒメノモチの紅白餅を福の種として、みなさんにまきました。

こうして、この日のプログラムが無事に終了しました。

参加費1500円で、まち歩き着物モデル撮影会、交流BBQ、ミニ芸能大会と、保険付きで楽しめたのは、南さいはく地域振興協議会や、南部町の地域のみなさんのおかげです。

また、主催の山陰ゆるい写真部の河合さんや泉さんは、何度も企画会議や打ち合わせを重ね、現地をロケハンし、当日も受付から引率までこなしました。

今回、BBQで使った炭や、うどようかんは南さいはく地域振興協議会(0859-66-5115)に問い合わせれば購入することができます。

国産の炭が5キロ1080円(税込み)と、とてもリーズナブルです。

お茶に使うと言えば、そういう炭を選んでくれたり、現地に行けば選ばせてもらえます。

また、森の学校はさまざまな野外体験ができるすばらしいフィールドです。

キャンプやBBQ、子ども会などで是非、ご利用ください。

イベント参加者のみなさん、本当にありがとうございました。

神楽という呼称の語源である8つの説

小学館版日本国語大辞典の神楽の条の語源説に次の8つが記されている。

1、神座(カムクラ)の約音

2、カンラクの音便(ラクは楽)

3、カム(神)エラギの約。エラグはエミ(咲)栄え笑い楽しむをいう。

4、カミ(神)カクレノ歌舞の義

5、カナゴ(神和)ラの約

6、カミガカリの転

7、カグレアヒの転

8、岩戸ガクレの略、神のミテグラの略

これらの説では1の神座の約音という説が有力とされている。

日本後記の延暦 20年(801年)の条に「幸神楽岡」とあり、菅原道真の編纂した歴史書「類聚国史(るいじゅこくし)」には、平安京の地名に「遊猟於康楽岡」があり、加具良岡とは神座岡(カムクラオカ)の義なるべしとしている。

大槻文彦は、「カミクラ」「カングラ」「カグラ」と転じたとしている。

7のカグレアヒは1827年に本居大平が神楽歌新釈で述べた説で、万葉集の「・・・湊入りに 船漕ぐごとく 行きかぐれ(香具礼)」の「かぐれ」であり、ここでしか見られない。

意味は未詳であるが、寄り集まる意味とも、求婚する意味ともされ、大平は「妻をよばふこと」であろうとする。

さらに採物9種・韓神(からかみ)、竈殿遊(かまどのあそび)等を「かみあそび」といい、本・末に分かれて歌うのをすべて「かみあそび」とも「かぐら」とも言い伝えたと思量している。

これらの説のどれが正しいのかは、わかっていません。

みなさんは、どう思われますか?

2015年4月かぐけんクーデターから鎮圧までの流れまとめ【動画あり】

平和なかぐけんに反乱の嵐が吹き荒れる

鳥取荒神神楽研究会は、徳林会長、柏平副会長、役員の景山ムルと亀山直也の執行部により磐石の体制だと思われていた。

稽古終わり

しかし、4月某日、それは起こった。

クーデターである!

徳林会長が弾けもしないギターをどや顔全開で披露しようとした時、それは起こったのだった。

クーデターの首謀者は!?

首謀者は景山ムル、大国主命を舞う男だった。

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<写真中央:酒の力で高齢者を取り込もうとする景山ムル>

国造りの大神である大国主命に魂まで染まったのか・・・

亀山兄弟をいつの間にか配下にしていたようで、兄である直也メンバーのカメハメ・・おっと違うカメヤマ波ドーン(亀山家秘伝)により、徳林会長は屠られてしまったのだ。

青木樹海での遭難事件が原因か?

景山ムルは徳林政権で、もっとも忠実な犬だと思われていた。

徳林会長からの理不尽な命令、柏平副会長からの暴力に黙って耐えていた男だ。

それがなぜクーデターを起こしたのか?

ここで取材班は興味深い情報を手に入れた。

なんと、景山ムルは三ヶ月前の1月25日に青木樹海で殺されかけていたというのだ。

死の青木樹海で殺人未遂!?

2015年1月25日、かぐけん探検隊、徳林隊長、景山ムル、直也メンバー、ハッチ、伊達くんの四名は、生きて帰ったものしかいないという恐怖の青木樹海に火の祠を探しに行ったのだ。

しかし、火の祠を見つけ出したとき、徳林隊長ははっきりと告げている。

「二人ほど死んでしまいましたが・・・」

動画を見ていただけるとわかるのだが、火の祠の前では伊達メンバーと徳林の姿しかない。

つまり、景山ムルとハッチは死んでしまったと考えられる内容なのだ。

そして、これは徳林会長が景山ムルを樹海で秘密裏に始末する計画だったらしいのだ。

奇跡の生還だが徳林の顔は晴れない

しかし、景山ムルとハッチは数日後に無事生還した。

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<写真:景山ムルの生還を特別応接室で報告する様子、徳林会長の険しい顔は生還を喜んでいるようには見えない>

樹海での出来事については真相はわからない。

樹海に入る前に景山ムルとハッチが決闘をしている様子も動画に映っているし、道中も二人が先行している様子が見える。

先行した二人が、なんらかのきっかけで争いになったのかもしれない。

しかし、生還したハッチは記憶喪失になり、景山ムルはその時の事を覚えていないと語るのみで真相はまったくの謎だったのだ。

だが、クーデターは起こってしまった。

景山ムルが徳林政権を倒すなんらかの理由はあったのだ。

それが、なんなのかはわからないのだが・・・

つかの間の天下

クーデターにより発足した景山政権は、あっという間に体制を整えた。

事前に綿密な準備が行われていたのか、さしたる混乱は起きなかった。

権力を謳歌する景山ムル新会長だが、わずか二日後にそれは起こった。

山篭りをしていた柏平副会長が、三ヶ月ぶりに山から降りてきて、徳林前会長を連れて景山ムルの前に現れたのだ。

動画で成り行きを確認してほしい。

こうして徳林政権が復権した。

直也メンバーのカメハメ波・・・いや違う・・カメヤマ波ドーンは景山ムルを一瞬で吹き飛ばしたのだ。

そして、柱の後ろからハッチも姿を現している。

かぐけんビクトリー

安定政権なるか!?

こうして第二次徳林政権が樹立した。

表面上は「みんな仲良し」を体現する鳥取荒神神楽研究会だが、「かぐけんは仲良し」と言っている時の徳林会長の目は泳いでいる。

われわれ取材班は、今後も注意深く見守るつもりである。

~ つづく ~